婚約者の浮気が発覚したので、街の中心で「誰か私を貰って!」と叫んだら大物が釣れました

 私が睨みつけると、白々しく「なんの事でしょう?」なんて首を傾けてる。

「貴方、ハオランでしょう?他は騙せるかもしれないけど、私は騙されないわよ」

 確信は無いが、直感がそうだと言ってる。直感は信じた方がいいって、おばあちゃんが言ってた。

 私の自信に満ちた目を見て諦めたのか、ハッと笑う声がした。

「へぇ~?驚きやわ。僕の変装見破れんの?」
「まぁね」

 傲慢に口角を吊り上げ言うハオランに向かって、嘲笑いながら言い返してやった。

「おかしいなぁ。ツェスカちゃんは、殿下のこと興味なさげやったやろ。何だかんだ言うて、ちゃんと観とんやねぇ?」
「気持ち悪い言い回ししないでよ。私が気付いたのは、貴方が発した言葉に違和感を感じたからってだけ。見た目だけじゃ判断出来なかったし」
 
 そう。本当に小さな違和感。
 リオネルは、私の前で自分の事を『ボク』とは言わない。
 王太子としてじゃなく、リオネルとして扱って欲しいなんて言ってる癖に、自分が一線引いている事に気付いているんだろうか……

「バレてもうたなら丁度ええわ。()()がええ仲ちゅーこと教えたろ?」

 耳うちしながら腰を抱かれた。

 中身は違えど、見た目がリオネルなら周りはリオネルだと認識する。
 私とリオネルが親しい仲だって事を周りに示し、牽制するつもりなのだろう。

「さあ、参りましょうか?」

 リオネルになりすまし店内へ続く扉を開けると、促されるまま店内へと入った。当然、店内は一瞬でざわめいた。興味と奇異の視線が突き刺さる。

 私は新作のケーキさえ食べれればよかったのに、何故こんなに大事になってしまったのか……

 席に着いても変わらず、居心地は最悪。でも、ケーキは絶品。

 舌で味わい目で堪能したいのに、この場から逃げ出したいという気持ちからか、喉を通るのが早く、ケーキがみるみる減っていく。

(折角の新作ケーキが……)

 泣きそうになりながらも、口に運ぶフォークは止まらない。

「美味しいですね」

 目の前では、美味しいそうにケーキを頬張るリオネル(ハオラン)の姿。
 王太子がケーキを頬張るのはどうなの?と思っても、子供のような姿を見せられては、注意よりも先に笑みがこぼれてしまった。


 ***


 ハオランが城に戻ったのは夕刻。小さな箱を携え、リオネルの執務室を訪れた。

「……僕の姿で何処へ?」

 ハオランの姿を見て、開口一番にかけた言葉。

「くくくっ、気になる?」
「当たり前です。これ以上、良からぬ噂が立つの避けたいんです」

 影として動く人間は、時に主である王太子()に化ける事もある。それは承知しているので、咎めるつもりはないが、()()が何をしていたのかは知る権利はある。

「そない怖い顔せんとも、仕事やって。はい、土産」

 書類の上に小さな箱が置かれた。それは、街で人気のカフェのもの。

「……貴方が?珍しいですね」

 これまでハオランが土産だと持ち帰ってきたものといえば、大鹿の角や白熊の肝。怪魚の鱗や、訳の分からない岩などなど。

 ケーキなんてまともなもの一つもない。

(カフェに行く為にわざわざ僕の姿を?)

 それにしては、手の込んだ事を……

「ま、正確には、ツェスカちゃんからやね」

『ツェスカ』その名を聞いたリオネルは、勢いよく立ち上がりハオランの胸倉を掴んだ。

僕の(その)姿で彼女に何をした?」

 押しこもったような低い声で詰め寄るが、ハオランは薄ら笑みを浮かべたまま微動だにしない。

「別に?普通に茶飲んだだけや」

 互いに目を逸らさず睨み合う。しばしの沈黙。

「……まずは、姿を変えてください。話はそれからです」

 自分の顔と話をするなんて、鏡を見ながら独り言を呟いているようで気が滅入る。
 胸倉を掴んでいた手を離すと、ハオランは「はいはい」と気怠そうにパチンッと指を鳴らした。

 目を離したのは瞬き一つの間だけ。その1秒にも満たないその一瞬で、ハオランの変装は解かれた。
 今、目の前にいるのは、闇に溶け込むような漆黒な髪に切れ長の目。全身黒づくめの特徴的な装いのハオランだ。

「久しぶりにその姿を見た気がしますね」
「ここんとこずっと化けとったからなぁ。裸晒しとるよーで小っ恥ずかしいわぁ」

 話をすり替えようとしているのか、軽口をたたいてくる。残念だが、僕には通用しない。
 ハオランのペースに飲まれないよう、黙ったままジッとその姿を映していた。

「分かった分かった。僕の負け」

 思いの外、早く白旗が上がった。

 ハオランは、ソファーに腰掛けると事の経緯を話し始めた。

「ツェスカちゃんが城を出てくんが見えたって。しゃあない思うて、後付いてたんよ」

 行き着いた先はカフェで、着いた早々にトラブル。元婚約者の今カノが登場し、突っかかっているのが見えたもんだから、僕の姿で登場したと。

「ジェシとか言うあの()、中々な性格しとるわ。あれ、貴族になっとったら手付けられんぞ?」
「なりませんし、させませんよ」

 彼女の話は耳にしているが、ハオランが言うのなら相当なのだろう。

「ま、そこら辺は僕の管轄外やからご自由に。んで、その後は周りを固めた方がええ思うて、ツェスカちゃんと()()()したってだけやね」

 鼻につくような言葉で、畳み掛けてきた。

 中身はハオランだが、それを知っている者はいない。当然、ツェスカは僕とデートしているように認識される。
 それは喜ばしい事だが、当の本人が一度もデートした事ないのに、他の男に先を越されたというのがどうにも気に食わない。

「ふはっ、顔ヤバっ。僕、護衛やよ?」

 例え護衛だろうと男に変わりない。

「余裕ない男はモテへんよ?」
「ツェスカさえいれば結構」
「こっわ。それ、ツェスカちゃんに言わん方がええよ?ドン引きされるわ」

 言うもなにも、彼女は僕の本当の気持ちを知らない。言ったところで本気にはしてもらえないだろう。

「あぁ、そーや」

 何か思いだように手を叩くと、ニヤニヤしながら僕の顔色を伺ってくる。

「……なんです?」
「あの子、僕の変装、秒で見破ってん」
「え?」

 ハオランの変装は僕やテオドラでも気付かない時がある。それをツェスカが見破った?それも秒で?

「な?驚きやろ?僕の変装は完璧やった。せやのに、気付かれた。何故やと思う?」
「自分を過信して手を抜いたのでは?」
「ちゃいますぅ!()()()完璧でしたァ!」

 焦らさずに素直に教えればいいものを……面倒な奴だと思いつつ「では何故?」と聞き返した。

「ツェスカちゃんは、僕の知らん殿下を知っとる。ちっこい違和感を感じたらしぃしな。僕の敗因は、あの子が無自覚にアンタを気にしとったちゅーことや」

 ムカつく程のしたり顔で言われた。

 姿を見破られて、苦し紛れの言い訳にも聞こえるが、もしも…もしも、その言葉が本当だったら……

「あ~あ、だらしのう顔しとって」

 軽い微笑を見せるハオランの瞳には、赤く染まる顔を隠すように手で覆う、自分の顔が映っていた。