婚約者の浮気が発覚したので、街の中心で「誰か私を貰って!」と叫んだら大物が釣れました

 麗らかな昼下がり。燦燦と降り注ぐ陽を浴る木の根元で本を片手にティータイム。

 ……なんて、そんな夢のような状況じゃない。

 今、私は感じたことの無い緊張感に押し潰されそうになっている。

「そんなに緊張しないで」

 微笑みかける顔はリオネルに瓜二つ……そう。この人はリオネルの母、王妃殿下である。

 いつもなら簡単に手を出して口にする紅茶もケーキも手つかず。それどこか、緊張で膝の上から手が離れない。

 なぜ、こんな状況になっているのかと申しますと……

 ──遡る事、()()()

「ツェスカ様~~~!大変です!大事件です!」

 飛び込んできたウェンディに圧倒され、説明を聞く間もなく成すがままこの場に連れてこられた。

「急にごめんなさい。あの子が女性を連れ込むなんて初めてのことだから、どんな子なのか気になっちゃって」

 やんわりと言っているが、要は品定めって事なんだろう。

 ……にしては、表情がやけに明るい。まるで興味と喜びで心が弾んでいるように見える。
 リオネルが私の事をなんと言っているのは知らないが、これは変に期待を持たせると後々面倒なことになりそうな雰囲気。

「なにやら誤解をしているようですが、リオネル殿下とは王妃様が思っているような関係ではありませんよ」
「あら、そんな堅苦しい言い方は駄目よ。ナディーヌと呼んで頂戴。それとも、義母(はは)と呼んでくれますか?」

(……)

 肘を付きながら手を組み、笑顔で即座に言い返してくる。流石はリオネルの母。こちらの話をまったく聞きゃしない。

(参ったな。これはしぶとそうだ)

 思わず笑顔が引き攣る。

「……コホンッ。ええ~……ナディーヌ様」
「ん~、敬称も要らないのだけれど……まあ、いいわ」
「ありがとうございます」

 これは私が礼を言う場面なのか?なんか違う気がするが……気を取り直して

「もう一度言いますよ?()()()()聞いてください。私と殿下は貴女が思っているような特別は関係ではありません」
「あら、あの子は少々縦横無尽な所があり、手を焼く部分もありますが、将来が確約された逸材ですよ?私似て、容姿もそこそこでしょう?」

 念を押しながら伝えたが、ナディーヌは表情を崩さず言い返してくる。
 そもそも、あの人は少々手を焼く所の話じゃない。子をよく見せようとするのは、親の欲目だ。いくら将来が安定していても、相手()の精神的負担が大きすぎる。

「確かに、()()()()は一級です。それは認めましょう。──ですが、内面はB級品以下です。オプションに『王族』と付いていようと、微塵も魅力を感じません」

「ましてや、王妃なんて柄じゃありませんよ」そう付け加えながら紅茶を口にすると、ナディーヌはキョトンとした表情を一瞬見せたが、すぐに口元を吊り上げた。

「……リオネルが言っていた通りね……」

 ポソッと呟いた。

 母である王妃を前にしても物怖じせず、その息子(リオネル)を蔑む。自分の気持ちに揺るぎがない。

「ふふっ、それにしては大人しく城に留まっているじゃない?それはどうして?」

 切れ長の目を鋭く光らせている。まるで、私の心の奥まで暴こう(覗こう)としている。

「そうですね……簡単に言えば『枷』ですかね」
「枷?」
「ええ」

 困惑しているナディーヌを目にしながら話を続けた。

「殿下は言ってました。自分が隣国へ行く事で、国が良くなるのならば安いものだと。王太子ならば、その考えは素晴らしいのかもしれませんが、私にはその考えが分かりません。いくら運命(さだめ)だとしても、自分の子を犠牲にしないと良くならない国になんて住みたくありませんしね」

 遠回しにこの国を非難しているが、ナディーヌは口を挟まず黙って聞き耳を立てている。

(この子は本当に…)

 ナディーヌはキュッと唇を噛み締めた。

「あの人は断崖に張られた一本の綱だけが、自分の歩む道だと思ってます。でも、それは違う。細く脆い綱は心の現れ。どんなクズだろうと、橋は架かるものです。私は、その橋が掛かるまでの『枷』として側にいるんです」

 偉そうに言ってるけど、元はと言えば『私を貰って』発言が発端。そして、彼を嗾けたのも私。行く末ぐらいは見届けてやる。

「貴女は……」

 ナディーヌが小さく口を開いた。

「あの子に橋が架かったら、貴女は共にその橋を歩いてくれるの?」
「いえ、私の役目は橋が架かるのを見届けるところまで。共に歩くのは私じゃありません」
「即答なのね」

 悩みもせず、当然のように言う。この子の未来にリオネルはいない。それがリオネルの為だと思っている。実際は、一番残酷なことだと知らずに。

「……今日話しておいて良かったわ」

 小さく呟くように口にすると、パンッと手を叩き、その場の空気を一掃した。

「さて、重苦しい話はお終い。私、もっとツェスカちゃんの事を知りたいのだけど」
「え~……」

 あからさまに嫌そうに顔を歪めているのに、ナディーヌは嬉しそうに頬を緩めている。冒頭に感じていた緊張感なんて、もはや消え失せている。

 今感じているのは、鬱陶しさとこの場から早急に去りたいという願望だけ。

「さぁ、語り合いましょうか?」
「……」

 獲物を捉えた蛇のような雰囲気を感じ、うなじがゾッと粟立った。