「…い、スイ!」
「っ…!な、なに?」
突然聞こえた莉都の声に、僕はハッとした。
父さんと母さんと揉めてから、3日が経った。
あれから、僕の精神状況は不安定になりつつあった。
寝不足で頭も痛いし。
今は収録中なのに、全く集中できてないし。
これじゃプロ失格だ。
「ねえ、スイ。本当に大丈夫?なにかあったなら、相談してね?」
「そうだぜ!俺らを頼っていいんだよ!」
一輝と灯真が心配そうに僕を見てくる。
僕は、なんでもないようにヘラッと笑った。
「うん。ごめんね。ちゃんと集中する」
そう言うと、横から視線を感じて僕はそっちを向いた。
紫音が僕を睨んで言った。
「そういうことじゃねーだろ。まあ、言いたくないならいいけど」
「っ…、ごめん…」
紫音はフイッと視線をそらした。
僕はなにに対して謝っているのかわからなかった。
騙しててごめん?
言えなくてごめん?
頼れなくてごめん?
——いや、全部か。
僕はため息をついてから、みんなに言った。
「もう一回やろ。時間ある?」
みんなが頷いてくれた。
歌を歌っている時だけが、今の僕にはホッとできる時間だった。
だから、安心した。
その後、無事に収録が終わり、一輝が編集をすれば動画がアップできる状態になった
でも、しっかり歌えているけど、どこか自分の今の感情が入ってしまっている。
みんなは気がついているのだろうか。
ファンのみんなに、こんな気持ちを届けたいわけじゃないのに。
幸いにも、今回の曲が別れの曲でよかった。
「じゃあ、解散だな。スイ、帰ろ」
「…うん」
漣がそう声をかけてくれた。
ここからだと僕は駅に行って電車に乗るけど、漣は駅を通り越してちょっと歩けば家だ。
つまり、同じ方向。
他のメンバーは反対方向だから、一緒には帰れない。
僕は漣を待たせないように、急いで荷物をまとめて漣と一緒にスタジオを出た。
ふたりで横に並んで、人混みに紛れている。
漣はなにも喋らない。
メンバーみんな、僕から話さない限り聞いてはこない。
そういうところに、僕は安心感を覚えているのだろう。
それから、少し歩いて裏道を歩き出す。
といっても街灯の光があるから暗くない。
僕はため息をついてしまう。
ずっとこうして悩んでいるわけにはいかない。
ファンを幸せにするために、僕たちだって笑顔でいなきゃいけないのに——。
その時、今までの疲れが僕を襲った。
目の前がぐるぐるとまわって、気持ちが悪い。
「れ…ん…」
僕は、そのまま倒れてしまった。
「スイっ…!!」
意識が途切れる寸前に見たのは、漣の焦った顔だった。
***
パッと目が覚めた。
僕は薄暗い部屋で眠っていたようで、ゆっくりと体を起こした。
見慣れない部屋、見慣れないベッドの上に僕はいた。
キョロキョロと周りを見るけれど、やっぱりここがどこだかわからない。
そういえば、僕は漣の前で倒れてしまったんだ。
そう思い出した時、部屋のドアが開かれた。
ガチャと大きな音を立てて入ってきた人物は、漣だった。
「スイ…、起きたのか…!どこか痛むか?」
あせった様子で駆け寄ってきてくれた。
ずいぶんと心配させてしまったみたいだ。
僕は首を横に振った。
「大丈夫。漣がいてくれてよかった。ここまで運んでくれたんだね、ありがとう」
迷惑をかけちゃったし、しっかりとお礼を伝えておく。
それから、漣は心配するように僕を見つめた後言った。
「…うん。ちなみに、ここは俺の家。だから安心して休んで」
漣の家には来たことがなかった。
なぜって、漣が拒否していたからだ。
漣は父子家庭で、父さんとうまくいっていないようなのだ。
漣が不良になったのも、父親が原因。
そして、その父親は家に定期的にくるらしく、メンバーに会わせたくないと言っていた。
だから来たことがなかったのだ。
そして来てみた感想は、思った以上に生活感のない部屋ということ。
「ありがとう。でも、まだやることあるし帰るよ。ごめんね」
「スイ、今何時だと思ってんの?電車もうないよ」
「あ…」
何時間眠っていたのだろうと、腕時計を見る。
けれど、そこに腕時計はなかった。
おそらく漣が外したからだろう。
そんな僕の行動を見て、漣が僕にスマホの画面を見せた。
「ほら、深夜2時。寝ときなよ。今日はその方がいい」
そう優しく言ってくれるけど、とてもじゃないけど寝れる気がしない。
最近はずっと深夜でも作曲をしていたり、ユーチューブを見ていたり、ピアノを弾いていたりしたから。
そうじゃないと、両親に言われたことを思い出してしまうから。
「寝れそうにないんだよね。だから、起きてる。漣がベッド使って寝て」
僕がベッドから降りようとすると、漣は僕をベッドに戻してしまった。
そのわけのわからない行動に、僕はムスッとする。
「ちょっと…!眠れないんだっ——」
「寝なくていいからさ、一個質問に答えて」
僕は言葉を飲み込んだ。
いつもヘラヘラしてる漣が、すごく真剣な顔して僕を見てる。
僕はゴクッと喉を鳴らした。
「う、うん…」
そう返事するので精一杯だった。
そして、漣はゆっくり口を開いて言った。
「スイって——女なの?」
「はっ…?」
思いっきりそんな声が出てしまった。
バレたの?どうして?
今までバレたことなんてなかったのに。
ドクンッドクンッと心臓が大きな音を立てて、鼓動が速くなっていく。
僕は表情を見られないように、下を向いて深呼吸をした。
そして、誤魔化すように漣を見て言った。
「えっと、どうしてそう思ったの?ずっとそんなこと言わなかったのに…」
「…スイが倒れて、うなされてて汗すごかったから、着替えさせようとしたんだよね。その時、胸にさらし巻いてんの見えた」
「っ…、」
ダメだ、もうこれ以上は騙せない。
僕は下唇を噛んで、うつむいた。
否定できない、でも肯定もしたくない。
「スイ、聞いてる?」
僕の表情を見るためか、漣がクイッと僕の顎をあげた。
視線が合って、気まずすぎる。
でも、視線をずらすことを漣が許さない。
「答えてよ。じゃないと、そうだってことになるよ?」
そう言われても僕は黙ったまま。
そして、漣はため息をついた。
「そうなの?」
僕はビクッと震えた。
長い、長い沈黙。
その後突然体を倒された。
「え…」
そして、漣がギュッと抱きついてきた。
「れ、漣…?」
「俺ね、ずっとスイのこと好きだったんだ。でも男同士だし、スイは意識してくんないなって思って諦めてた。でも、女ならまだ可能性あるよね」
え…?どういうこと?漣は僕が好きなの?
そう思った時、トラウマがフラッシュバックした。
『楓乃は女の子なんだから、もっとかわいくいなよ』
一度だけお試しで付き合った彼氏がいた。
その人は僕を女の子として扱った。
それがどうしようもなく嫌だった。
僕は女として見られたくない、この人を男として愛せないって思った。
そんな僕を、最後には「気持ち悪い」と言って振ったんだ。
「いやっ…!やめて!!」
突然、漣の存在が怖くなった。
僕の知っている彼が消えてしまうようで苦しくて。
僕は頭を抱えて距離をとった。
「スイ、どうした…?」
その心配する声すら聞きたくない。
そう思って耳を塞いだ。
だけど、次の瞬間僕は漣に抱きしめられた。
「ごめん。スイは性別めっちゃ気にしてるんだよね。無神経だった。ごめん」
その言葉で、僕は不思議と落ち着いた。
ああ、漣はあの人とは違う。
僕のことを女としてじゃなくて、“スイ”として見てくれるんだ。
「うん…」
僕は小さくそう呟いた。
やっぱり漣は違う、そう思ってホッとした。
それから少し体が離れ、漣が微笑みながら言った。
「俺、スイのこともっと知りたい。よかったら、本名…教えてくれない?」
漣になら、少しだけ心を許せるのかもしれない。
僕は震えた声で言った。
「櫻川楓乃…だよ」
そう言うと、漣は満足そうに笑った。
久しぶりに見る笑顔だった。
「俺、本気で楓乃が好きなんだ。ちょっとは意識してほしい」
僕は小さく頷くことが精一杯だった。
「っ…!な、なに?」
突然聞こえた莉都の声に、僕はハッとした。
父さんと母さんと揉めてから、3日が経った。
あれから、僕の精神状況は不安定になりつつあった。
寝不足で頭も痛いし。
今は収録中なのに、全く集中できてないし。
これじゃプロ失格だ。
「ねえ、スイ。本当に大丈夫?なにかあったなら、相談してね?」
「そうだぜ!俺らを頼っていいんだよ!」
一輝と灯真が心配そうに僕を見てくる。
僕は、なんでもないようにヘラッと笑った。
「うん。ごめんね。ちゃんと集中する」
そう言うと、横から視線を感じて僕はそっちを向いた。
紫音が僕を睨んで言った。
「そういうことじゃねーだろ。まあ、言いたくないならいいけど」
「っ…、ごめん…」
紫音はフイッと視線をそらした。
僕はなにに対して謝っているのかわからなかった。
騙しててごめん?
言えなくてごめん?
頼れなくてごめん?
——いや、全部か。
僕はため息をついてから、みんなに言った。
「もう一回やろ。時間ある?」
みんなが頷いてくれた。
歌を歌っている時だけが、今の僕にはホッとできる時間だった。
だから、安心した。
その後、無事に収録が終わり、一輝が編集をすれば動画がアップできる状態になった
でも、しっかり歌えているけど、どこか自分の今の感情が入ってしまっている。
みんなは気がついているのだろうか。
ファンのみんなに、こんな気持ちを届けたいわけじゃないのに。
幸いにも、今回の曲が別れの曲でよかった。
「じゃあ、解散だな。スイ、帰ろ」
「…うん」
漣がそう声をかけてくれた。
ここからだと僕は駅に行って電車に乗るけど、漣は駅を通り越してちょっと歩けば家だ。
つまり、同じ方向。
他のメンバーは反対方向だから、一緒には帰れない。
僕は漣を待たせないように、急いで荷物をまとめて漣と一緒にスタジオを出た。
ふたりで横に並んで、人混みに紛れている。
漣はなにも喋らない。
メンバーみんな、僕から話さない限り聞いてはこない。
そういうところに、僕は安心感を覚えているのだろう。
それから、少し歩いて裏道を歩き出す。
といっても街灯の光があるから暗くない。
僕はため息をついてしまう。
ずっとこうして悩んでいるわけにはいかない。
ファンを幸せにするために、僕たちだって笑顔でいなきゃいけないのに——。
その時、今までの疲れが僕を襲った。
目の前がぐるぐるとまわって、気持ちが悪い。
「れ…ん…」
僕は、そのまま倒れてしまった。
「スイっ…!!」
意識が途切れる寸前に見たのは、漣の焦った顔だった。
***
パッと目が覚めた。
僕は薄暗い部屋で眠っていたようで、ゆっくりと体を起こした。
見慣れない部屋、見慣れないベッドの上に僕はいた。
キョロキョロと周りを見るけれど、やっぱりここがどこだかわからない。
そういえば、僕は漣の前で倒れてしまったんだ。
そう思い出した時、部屋のドアが開かれた。
ガチャと大きな音を立てて入ってきた人物は、漣だった。
「スイ…、起きたのか…!どこか痛むか?」
あせった様子で駆け寄ってきてくれた。
ずいぶんと心配させてしまったみたいだ。
僕は首を横に振った。
「大丈夫。漣がいてくれてよかった。ここまで運んでくれたんだね、ありがとう」
迷惑をかけちゃったし、しっかりとお礼を伝えておく。
それから、漣は心配するように僕を見つめた後言った。
「…うん。ちなみに、ここは俺の家。だから安心して休んで」
漣の家には来たことがなかった。
なぜって、漣が拒否していたからだ。
漣は父子家庭で、父さんとうまくいっていないようなのだ。
漣が不良になったのも、父親が原因。
そして、その父親は家に定期的にくるらしく、メンバーに会わせたくないと言っていた。
だから来たことがなかったのだ。
そして来てみた感想は、思った以上に生活感のない部屋ということ。
「ありがとう。でも、まだやることあるし帰るよ。ごめんね」
「スイ、今何時だと思ってんの?電車もうないよ」
「あ…」
何時間眠っていたのだろうと、腕時計を見る。
けれど、そこに腕時計はなかった。
おそらく漣が外したからだろう。
そんな僕の行動を見て、漣が僕にスマホの画面を見せた。
「ほら、深夜2時。寝ときなよ。今日はその方がいい」
そう優しく言ってくれるけど、とてもじゃないけど寝れる気がしない。
最近はずっと深夜でも作曲をしていたり、ユーチューブを見ていたり、ピアノを弾いていたりしたから。
そうじゃないと、両親に言われたことを思い出してしまうから。
「寝れそうにないんだよね。だから、起きてる。漣がベッド使って寝て」
僕がベッドから降りようとすると、漣は僕をベッドに戻してしまった。
そのわけのわからない行動に、僕はムスッとする。
「ちょっと…!眠れないんだっ——」
「寝なくていいからさ、一個質問に答えて」
僕は言葉を飲み込んだ。
いつもヘラヘラしてる漣が、すごく真剣な顔して僕を見てる。
僕はゴクッと喉を鳴らした。
「う、うん…」
そう返事するので精一杯だった。
そして、漣はゆっくり口を開いて言った。
「スイって——女なの?」
「はっ…?」
思いっきりそんな声が出てしまった。
バレたの?どうして?
今までバレたことなんてなかったのに。
ドクンッドクンッと心臓が大きな音を立てて、鼓動が速くなっていく。
僕は表情を見られないように、下を向いて深呼吸をした。
そして、誤魔化すように漣を見て言った。
「えっと、どうしてそう思ったの?ずっとそんなこと言わなかったのに…」
「…スイが倒れて、うなされてて汗すごかったから、着替えさせようとしたんだよね。その時、胸にさらし巻いてんの見えた」
「っ…、」
ダメだ、もうこれ以上は騙せない。
僕は下唇を噛んで、うつむいた。
否定できない、でも肯定もしたくない。
「スイ、聞いてる?」
僕の表情を見るためか、漣がクイッと僕の顎をあげた。
視線が合って、気まずすぎる。
でも、視線をずらすことを漣が許さない。
「答えてよ。じゃないと、そうだってことになるよ?」
そう言われても僕は黙ったまま。
そして、漣はため息をついた。
「そうなの?」
僕はビクッと震えた。
長い、長い沈黙。
その後突然体を倒された。
「え…」
そして、漣がギュッと抱きついてきた。
「れ、漣…?」
「俺ね、ずっとスイのこと好きだったんだ。でも男同士だし、スイは意識してくんないなって思って諦めてた。でも、女ならまだ可能性あるよね」
え…?どういうこと?漣は僕が好きなの?
そう思った時、トラウマがフラッシュバックした。
『楓乃は女の子なんだから、もっとかわいくいなよ』
一度だけお試しで付き合った彼氏がいた。
その人は僕を女の子として扱った。
それがどうしようもなく嫌だった。
僕は女として見られたくない、この人を男として愛せないって思った。
そんな僕を、最後には「気持ち悪い」と言って振ったんだ。
「いやっ…!やめて!!」
突然、漣の存在が怖くなった。
僕の知っている彼が消えてしまうようで苦しくて。
僕は頭を抱えて距離をとった。
「スイ、どうした…?」
その心配する声すら聞きたくない。
そう思って耳を塞いだ。
だけど、次の瞬間僕は漣に抱きしめられた。
「ごめん。スイは性別めっちゃ気にしてるんだよね。無神経だった。ごめん」
その言葉で、僕は不思議と落ち着いた。
ああ、漣はあの人とは違う。
僕のことを女としてじゃなくて、“スイ”として見てくれるんだ。
「うん…」
僕は小さくそう呟いた。
やっぱり漣は違う、そう思ってホッとした。
それから少し体が離れ、漣が微笑みながら言った。
「俺、スイのこともっと知りたい。よかったら、本名…教えてくれない?」
漣になら、少しだけ心を許せるのかもしれない。
僕は震えた声で言った。
「櫻川楓乃…だよ」
そう言うと、漣は満足そうに笑った。
久しぶりに見る笑顔だった。
「俺、本気で楓乃が好きなんだ。ちょっとは意識してほしい」
僕は小さく頷くことが精一杯だった。



