夢明-NO Name-


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ボクは生まれつき何でも出来た。

だけど心は満たされなかった。

大財閥の三兄弟、その末っ子として生まれたボクは幼い頃から英才教育という物を受けていた。


「茶々原の名を持つに相応しい振る舞いをしなさい」


それが仕事でめったに帰ってこない父親の口癖。

努力が空回りする長男と努力が実を結ばない次男を横に、ボク一人だけが能力を高めていった。

努力せずとも、人並み以上が最初からできる。

そんなボクを兄弟達はどんな表情で見ていたっけ。

でも、いくら才能に恵まれたといえ、褒められる事は少なかった。


「旦那様、育人坊ちゃんが馬術で素晴らしい功績を残しました」


「それが当然の結果だ。一々と甘やかすな」


テストで100点を続けて一年取っても。

スポーツの世界大会で優勝した時も。

人助けをして警察から表彰をされても。

結果はいつも同じ。

それが当然で、そうなるための教育。


「育人坊ちゃんは本当に頑張っておられますね」


「育人、スゴい!オレも頑張らなきゃなー」


褒めてくれるのは幼い頃から面倒を見てくれているじいやと、何考えてるのか分からない長男だけだった。

それでも心が満たされなくて、甘いお菓子を食べるようになった。

サクサクのクッキー。

口の中でとろけるチョコレート。

砂糖を固めて作られた甘いキャンディー。

口にすると、ほんの少しだけ心の穴が埋まる気がした。

昔を思い出すからかもしれない。

ボクが5歳の時に死んでしまった母親。

ボク達兄弟に、よく甘いお菓子を手作りして食べさせてくれていた。

頭を撫でてくれた、優しい人。

ボクが心から甘えられる唯一の人。

時が経って、高校生になってもボクの人生は変わらない。

入学して初めてのテストで、いつものように100点を取った。

周りでヒソヒソと話し声がして歩いていた足を止める。


「満点取ったくせに“当然”って顔してやがる…」


「もっと喜べばいいのにな。金持ちの感覚って分かんねぇー、勉強できるのは当たり前ってか?」


「点数も買い取ったんじゃね?」


少しだけ期待をしていた。

ここならボクを褒めてくれる誰かに会えるんじゃないかって。

頭では分かっていた。

そんな事言う奴らばかりじゃないって事も。

でも。

茶々原の“当然”が染みついたボクには、どう対応すればいいか分からなくて。

ポケットの中に入れていたキャンディーを口に放りこむ事しかできなかった。

周りと距離を置くようになった。

学ばなくても理解できたから、授業もサボる事が多くなって。

それで、ある日。


「ねえねえ、ちょっと質問いいですかい?」


ボクは校庭の木の下、リーダーと初めて出会った。

いや、正確には“初めて会話した”が正しいのかな。


「…確か…同じクラスの…」


「そです、灰川 夢明。で、要件なんだけどね」


リーダーはピラッと答案用紙を見せて、指先でその一部分をボクに指し示した。


「ここ、分かる?答え教えてほしいんだよねぇ…個人的には1か3だと思うけどズバリ答えは?」


「…2だけど」


思わず答えてしまった。

リーダーは目を丸くして答案用紙と睨めっこした後、ふむふむと頷いた。


「そうなんだぁ、ちゃー君スゴいね」


ちゃー君…?

それがボクを差している言葉だと認識したのは早かった。


「何でボク、ちゃー君?」


「髪の毛が豆柴みたいに茶色いから」


「…豆柴…」


呆気に取られていたボクに、リーダーは手を伸ばした。

一瞬身構えて、体を硬くする。

その手は優しく、ボクの頭を数回撫でた。


「は…?」


「ありがとうね、ちゃー君。これで赤点補習は回避!」


パタパタと去って行くリーダーの背中、今でも覚えてる。

まさかテスト中に抜け出して、答えを聞きに来たの?

そんなのどっちにせよ教師から怒られて赤点補習だろうに。


「…灰川…夢明…」


見た目は可愛いのに変な女の子。

それなのに…その姿に忘れかけていた母親を重ねて見てしまったのはきっと。

久しぶりに頭を撫でてくれた人だから。

ボクの胸が強く高鳴っていた。

それがリーダーが“特別な女の子”になったきっかけ。

それから数日後。

やっぱり一人寂しく補習を受けさせられていたリーダーの前に、ボクは現れた。

担任教師には別の教師が呼んでいるとウソをついて出ていってもらっている。

ボクは忘れ物を取りに来たって設定で。

二人きりの教室。

リーダーの座る席に近づき、彼女の机の前でしゃがんで机に頬杖をつく。


「答え、全部教えてあげよーか?」


「えっ、いいの?ちゃー君神様、仏様」


「…その代わり、条件」


ボクは上目遣いにリーダーを見つめた。

その時のボクの、精一杯の“甘え”を込めて。


「ボクの事、これからずっと傍で甘やかして?」


もう一度、頭を撫でて、スゴいって言って。

甘い甘い砂糖よりも中毒になるくらい。

甘やかしてほしかった。

そのために頑張ってみる事にしたんだ。

リーダーの夢。

この学校の生徒を守るってやつ。

ボクにできる事を頑張って、それが達成できたなら…その時は。

黒石君より、紫神君より、真白君より、真っ先に。

ボクを___茶々原 育人を褒めてほしいな。


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