夢明-NO Name-


「見苦しい姿を見せて、すみませんでした」


そう言って頭を下げたシュシュ君は屋上で会話した時とは違い、憑きものが取れたようにスッキリとした表情をしていた。


「いいんだよ、恋人さんと仲良くねぇ」


「妹の事を頼むよ」


「怜さん…はい、任せて下さい」


もう一度頭を深く下げ、シュシュ君と妹ちゃんが去って行く。

ヒラヒラと手を振りながら、仲むつまじく歩く二人の背中を見送った。


「ねー、これさ、もう脱いでいーよね?」


もう限界というように、ちゃー君がスカジャンを脱いで捨てた。

セブンズシンの兵隊である事を示す“制服”。

もう着る事は二度とないだろう。


「これ!窮屈だった!」


「でもスカジャンってカッコいいですよね、うまく私服に使えたりしないかな…」


「やめておけ黄谷…趣味を疑われるぞ。縁起も悪い」


しろしろと黒ちゃんも同じようにスカジャンを脱ぎ捨て、きぃ君も渋々と捨てていた。


「………」


ただ一人、紫君だけがスカジャンを着たまま廃工場を見つめている。


「紫君、どうしたの?」


声をかけると、彼は寂しそうに微笑みを浮かべて私達に頭を下げた。

その行動に、私達の動きが止まる。


「…セブンズシンの事、妹の事…朱堂君の事…本当にありがとう。そして…君達を巻きこんでしまってすまなかった」


「今更だろ…そんなの。誰も気にしてねぇよ」


気恥ずかしそうに黒ちゃんが頭をかく。

紫君は小さく笑い、スカジャンをまとったまま私達に背を向けた。


「紫君…?」


「俺は…君達といる資格がないみたいだ」


紫君は極めて明るい声色で続ける。


「朱堂君がナイフを取った時…俺もそうした方が良いと思ってしまった。俺みたいな考えの奴は…やっぱりノーネームにいらないよ」


そう言って再び廃工場の建物に向かおうとする紫君の背中に、私は声をかけた。


「必要だよ」


ピタリ、と紫君の足が止まる。


「違う考えの紫君だからこそ、必要なんだよ。…それに君は、そうしなかったじゃない。今までいくらでも大将をキズつけるチャンスがあったのに」


紫君は“最後の一線”を踏みとどまれる人だ。

追い詰められて極限の状態の中にいたからこそ、殺し(それ)という極端な考えを実行せずにいられる人は中々いないと思う。

シュシュ君がそうしたように、行動に出てしまう人の方が多いはずだから。

それを自力で止め続けていた君は、それだけでもう、スゴいんだよ紫君。

私の言葉を聞いても、紫君は振り返らない。

そうだったそうだった。

彼が変なところで頑固なのを忘れてた。

それならば。


「皆の者!紫君にかかれぃ!」


『了解』


「えっ…」


指示に従い、黒ちゃんとちゃー君、しろしろときぃ君が紫君に駆け寄る。


「怜、大人しくしてろ」


「はい、この趣味悪いスカジャン脱ごうねー」


「早く一緒にご飯食べに行こ!レイ!」


「俺もうお腹ペコペコです、紫神さん」


あれよあれよという間に、紫君の体からスカジャンが脱がされて捨てられる。

風に舞ったスカジャンはふわりと宙を漂い、積み上げられたタイヤの上に落ちていった。


「………」


それを見て紫君は小さく口を開けた。

ぼぉっとした様子で土に汚れるスカジャンを眺め、そして…ふっと笑った。


「ほら、紫君。皆でファミレス行きましょうや」


トン、と彼の背中を押す。

その先では仲間達が待っていた。


「今日は紫神君のおごりだねー」


キャンディーを食べ終わり、残った棒をクルクルと回しながらちゃー君が言った。

それにしろしろときぃ君が続く。


「やった!いっぱい食べる!」


「俺、ステーキ食べちゃおうかな…あーでも、ハンバーグも捨てがたいですよね…迷うなぁ」


黒ちゃんが紫君を見た。


「全部頼めばいい。払うのは怜だ…そうだろ?」


その言葉に、紫君は困ったように笑った。


「あはは、そうだね…今日は盛大に食べよう」


六人で連れ立って歩き出す。

ノーネームは誰一人として欠けてはいけない。

皆の背中を見つめながらニコリと微笑む。

ふと、後方に下がった私に気づいた黒ちゃんが、歩幅を合わせて私の横に並んだ。


「…見たかった景色は、見られそうか?」


黒ちゃんの言葉に私はこう返す。


「黒ちゃんこそ、信頼できる仲間に出会えた?」


私の告げた言葉を聞いて、黒ちゃんは一瞬だけ目を丸くした。

そして…嬉しそうに口元を緩ませる。


「言わなくても、分かるだろ」


「私も、素晴らしい絶景を見せてもらってるよ」


私の見たかった景色。

生徒を守って、誰かの笑顔を見て、隣には信頼できる仲間達がいて…。

そこから見える風景は、言葉にできないほどに眩しく輝いて見えた。

終わらない夢は続いていく。

私はこれからもその夢を見続けるだろう。

あの日、受け継いだ“夢”を何度も見るために…ノーネームは続いていく。


「リーダー、黒石君、早くー」


「ご飯!ご飯!皆でご飯!楽しみだなぁ!」


「あっ、待って下さいよ真白さん!」


「あれ、来ないという事は…食事をおごらなくていいのかな?お二人さん」


四人に急かされ、黒ちゃんと顔を見合わせる。

黒ちゃんはため息を吐きながら、私はニコニコ笑いながら、大切な仲間達の元へ歩き出した。