「あとはテメェだけだ…観念しろ」
黒ちゃんが指の関節をポキポキと鳴らす。
その威圧感に圧倒されたのか、セブンズシンの大将はソファから滑り落ちた。
その顔には引きつった笑みが張りついている。
「は…はは、そんな怖い顔すんなよ…そ、そうだ、取引をしようぜ…!!」
先程までスカジャンの兵隊達に“殺せ”とのたまっていた唇は、私達に向かってペラペラとお喋りを始める。
「そこにいる女共、好きにしてくれて構わねぇ…!それか金がいいか!?好きなモンをやるよ!あんたらにとっても悪い話じゃねぇだろ!なあ!?」
「黙れ、ゲスが」
黒ちゃんの言葉に大将がビクリと肩を震わせる。
「…劣勢になったとたん必死ですね、コイツ」
「悪い事したらダメ!なんだよ!」
呆れた様子のきぃ君が呟き、しろしろが眉をつり上げて大将を怒る。
ちゃー君がキャンディーをくわえたまま私を見つめた。
「リーダー、コイツどうするの?」
「それを決めるのは私じゃないよ」
そう言って、後ろから歩いてきた紫君を振り返る。
「紫君、君はコイツをどうしたい?」
私の言葉に紫君は「そうだね…」と笑って大将を見下ろした。
大将が悔しそうに歯ぎしりをする。
今まで自分の下にいた紫君と、形成が逆転した事が許せないのだろう。
それでも見逃してもらいたいという気持ちが勝ったのか、今度は紫君にごまをすり始めた。
「紫神っ…いや、紫神さん…!アンタの妹からは約束通り手をひくよ、だからこれまでの事はお互い水に流さないか!?なぁ、そうしようぜ!」
「“水に流す”…ねぇ」
ニコニコと笑っていた紫君の表情がスッと真顔になる。
そのままセブンズシンの大将へ近づき…彼の顔の近くにあるソファを、思いきり踏みつけた。
「人の妹を…たくさんの人間を好き勝手に散々キズつけておいて、“水に流そう”なんて…虫が良すぎると思わないかい?」
初めて聞くような低いトーンの声。
大将を見下ろすその顔には確かな怒りが滲んでいた。
紫君は小さく息を吐いて、また表情を変える。
「まぁ、でも俺も鬼じゃない。大将らしくケジメを取るなら…それで忘れてあげましょう」
「け…ケジメ?いいぜ!何でもやってやるよ!」
大将の言葉を聞いてニコッと笑い、ソファから足をどかす紫君。
「さ、さぁ、そのケジメってやつ、どうやってお前に見せれば___」
大将がその続きを言う事は叶わなかった。
紫君が会話の途中で、大将の顔面を蹴り上げたからだ。
その衝撃によって折れたのか、それとも抜けたのか…大将の口から数本の歯が飛んでいくのが見える。
『うわぁ…』
黒ちゃんと紫君以外の全員で声をもらす。
「…ふっ…」
紫君のケジメのつけさせ方…その様子を見て黒ちゃんだけが目を閉じて笑っていた。
セブンズシンの大将がピクピクと痙攣しながら、白目を向いて気を失う。
「紫君、少しは気が済みましたかな?」
「そうだね…少しだけスッキリしたよ」
いつもの笑顔を向ける紫君。
その後ろからパタパタと足音をたてながら一人の女の子が駆け寄ってきた。
「お兄ちゃん…!」
紫君の妹ちゃんだ。
彼女は紫君にぎゅっと抱きついて涙を流した。
「ごめん、私…最後までお兄ちゃんから守られてばっかで…!」
「そんなのいいんだよ…お前もよく頑張ったな」
そう言って妹ちゃんの頭を優しく撫でる紫君は、とても穏やかな表情をしていた。
私達は顔を見合わせ、頷く。
残っていた他の女の子達も、ちゃんと逃げたのだろう。
いつの間にか建物内からいなくなっていた。
紫君と妹ちゃんも無事に解放されたし…。
『セブンズシンをぶっ潰す作戦』、これにてお開き…といった感じだろうか。
「それじゃ、このまま皆で打ち上げでも___」
私が言いかけた時。
建物のドアが開く音がした。
全員の視線がそちらへ向く。
そこにいたのは…彼だった。
「シュシュ君___?」
「朱堂君…どうしてここに」
私と紫君がそれぞれ名前を呼ぶ。
転校生としてやってきたシュシュ君。
セブンズシンの事を教えてくれた彼がそこにいた。
「………」
シュシュ君は無言でこちらへと近づき…私達の前で何かを取り出した。
銀色に光る刃先が、いまだ気を失っているセブンズシンの大将に向けられる。
「お前、何をする気だ」
黒ちゃんが警戒した様子で構える。
シュシュ君は暗い顔でナイフを握りしめた。
「灰川さん達は甘すぎるよ。コイツは…生きてちゃいけない、それだけの事をしてきたんだ…だから」
シュシュ君の目つきが変わり、ナイフを手に走り出す。
黒ちゃんが前に出ようとして___その前に、私が体を割りこませた。
間合いを見切って、ナイフを持つ手元を狙い、足を振り上げる。
___キィンッ…!
「…っ…!!」
シュシュ君の手から落ちたナイフが音を立てて転がっていく。
力が抜けていくようにシュシュ君が膝から崩れ落ちた。
「…何で…!何で邪魔をするんだ…!!ソイツはマナを___僕の、恋人をっ…!ずっと…!」
「進ちゃん!」
紫君の妹ちゃんが、シュシュ君に駆け寄る。
そのまま彼を胸に抱きしめて、妹ちゃんは寄り添っていた。
私は二人に近づき、目の前でしゃがみこむ。
「…シュシュ君は、紫君の妹ちゃんの“恋人さん”だったんだねぇ」
だから人を使って遠回しに“強い人間”を探した。
セブンズシンを潰さないなら…と生徒を人質にしてきたのも、紫君がスパイだと知っていたのも…妹ちゃんの恋人だったから。
彼は彼なりに、妹ちゃんを…恋人を助けたかったんだろう。
だけど。
「でもね、シュシュ君。今キミがやろうとした事は間違ってる…分かるよね?」
「僕、は…でも…!」
「自分本位で他者をキズつけるような…コイツと同じ存在には、なりたくないでしょ?」
それは、守るために使う手段であってはいけない。
シュシュ君は落としたナイフを見て、悲しそうに顔を歪ませる。
「っ…う、…あぁ…!」
床に突っ伏して涙するシュシュ君の丸まった背中を撫でながら、紫君の妹ちゃんが私を見た。
「ありがとうございます、なんてお礼をすればいいか…」
目尻に涙を浮かべながら頭を下げる彼女に、私はニコリと笑う。
「私より…もっと“ありがとう”を言わなくちゃいけない人達がいるでしょ?」
その言葉に妹ちゃんは紫君を見て、シュシュ君を見た。
そして泣きながら、ふにゃりと笑う。
「お兄ちゃん…進ちゃん、ありがとう…今までずっと、本当にありがとう…」
シュシュ君の背中に顔をうずめる妹ちゃん。
その手は、お互いに強く握られていて…。
紫君は何も言わずに二人を優しく見守っていた。



