元通りになった空き教室。
その場を後にして商店街へ向かう。
その途中、小腹を満たすためにお店で人数分のコロッケを買って食べ歩きをした。
出来たてのコロッケは揚げ物の良い匂いがしていて、頬張ると、ころもがサクッと軽快な音を立てる。
じゃがいもの甘さとホクホクした食感に舌つづみをうちながら、他愛のない話を交わしあう。
あの殺伐とした空気が嘘のように思えるほど、いつも通り変わらない、平和な日常の風景がそこにあった。
食べ終わった頃、アジトにしているいつものゲームセンターに到着した。
コロッケの包み紙をゴミ箱に捨てて、それぞれがゲームセンターの奥に設置されてあるパイプ椅子に座る。
「じゃあ紫君、自分のタイミングでどうぞ」
私が手で促すと、紫君は「そうだね…どこから話そうか」とアゴに手を当てて考え出す。
少しして、小さく頷いた紫君がこう続けた。
「まず…俺には妹がいるんだ。どこにでもいる、普通の兄妹。それが俺と妹…もちろんその頃の俺は不良や喧嘩とも無縁の生活を送っていたよ」
話の始まり。
それは紫君と妹ちゃんの話から始まった。
紫君は淡々と、思い出すように告げる。
「それが変わったきっかけは…セブンズシン。その大将に妹が目をつけられた事から始まったんだ。彼は素行が悪く、女好きだと近所で有名だった」
セブンズシンの大将。
ソイツは抵抗してきた女の子に手を上げたり、声を荒げたり暴れたりと、酷く自分勝手な男だったらしい。
そんな男に、紫君の妹ちゃんは狙われた。
悲劇の始まりに私達は息をのんだ。
「妹は気の強い子だったから、もちろん抵抗した。だけど…大将に殴られて、倒れた。その現場を俺は偶然、見てしまったんだ」
「…女相手に手を上げるなんてな」
「それで?その現場を目撃した紫神君は、どうしたのさ。怒りで覚醒してやり返したとか?」
「ははは、そうだったら良かったんだけど…俺は倒れた妹に駆け寄り、大将に頼みこんだ。“妹に手を上げないでほしい、何でもするから”ってね…」
妹ちゃんはあまりの衝撃に気を失っていたらしい。
小柄な女の子だったという。
…紫君の妹ちゃんなら、スゴく美人さんなんだろうな。
痛々しいほどに腫れた妹ちゃんのほっぺたを震える指先で撫でて、紫君は彼女を強く抱きしめたそうだ。
「必死だったよ。妹はまた抵抗するだろう…次はどんな目にあわされるか、分かった物じゃない。懇願する俺に、大将は条件を出してきたんだ」
「…条件?」
黒ちゃんが眉間にシワを寄せる。
紫君は目を伏せた。
「セブンズシンの駒になれ…そう言われたよ。それが、大将が俺の妹を諦め、解放する条件だった」
「でも、紫君…その時は君、喧嘩とも無縁の生活を送ってたんでしょ?どうやって駒になったの?」
「…俺、努力だけは得意だったからさ。不良の事を全部一から勉強したんだ。喧嘩の事…力の使い方、不良同士の会話での渡り合い方も全部ね」
「そんなのどうやって勉強するのさ…」
ちゃー君が棒付きキャンディーをくわえながら呟く。
「本やネットで…というのは半分冗談だけど、だからこそスパイとして様々なチームに所属していたんだよ。実践の経験値から得られる物は多い」
不良じゃなかった紫君は、妹ちゃんを守るために不良になる事を決意した。
スパイとしてチームに潜入して、間近で“不良”の振る舞い方を学んだのだろう。
それはチームへの不誠実極まりない事だけど、同時にとても勇気と度胸のいる事だと思った。
バレたらただでは済まない、危険な方法。
当時の紫君には、その選択肢しかなかったんだろうけど。
「アジトや弱点、戦闘スタイル…俺がチームの情報を流し、それを受け取ったセブンズシンがチームを襲う。それが俺達のやり方だった」
「それ、絶対後からバレるでしょ。報復とかされなかったのー?」
「たまにね。基本的に上手く人付き合いをしてたから、恨みを買う事は少なかった。セブンズシンの兵隊なら仕方ないって見逃されてたんだ」
たまに…という事は、恨みを買って報復される事もあったんだろう。
もしかしたら私と初めて出会ったあの日、紫君がボロボロになっていたのはまさしくそのせいだったのかもしれない。
紫君も同じ事を思い出していたのか、私を見て笑った。
「リーダーと初めて会った時は、大人数に報復されてね…何とか勝ったけど、これは完全に自業自得だって思って一人で笑ってた。救えないなって…」
罪悪感はあっただろう。
紫君は優しい子だから。
だけどそれ以上に、心を鬼にして非道にならないといけなかった。
その全ては妹ちゃんのためだろう。
「それで…お前の妹は解放されたのか?」
黒ちゃんが紫君に問いかけた。
紫君は首を振る。
「妹は…解放されるはずだった。大将は俺の活躍ぶりを気に入ってくれてね…俺が今後も仲間として働くなら、妹から完全に手を退くと言われた」
「…でも、それは叶わなかった?」
私の言葉に、紫君が小さく頷いた。
「…ある日の事だった。妹が、大将に突っかかったんだ。“これ以上お兄ちゃんを利用しないで!”って…あいつ、怖い物知らずだから」
「あら、強い妹ちゃんだねぇ」
「ふふ、リーダーに似てるだろう?」
紫君は一種だけ笑って、だけどすぐに表情を暗くした。
「大将はそれなら、と…新しい条件を出してきた。その内容は“妹の代わりになる女を用意する事”…だから俺は…ノーネームに目をつけたんだ」
その場の全員の視線が私に向く。
つまり、私を妹ちゃんの代わりにしようとした?
「何で私?」
「うーん、美人で可愛かったから?」
「え、そんな理由で?照れますなぁ」
「怜、真面目に答えろ」
黒ちゃんが頭を抱えながらため息を吐いた。
紫君は肩をすくめる。
「そうだね…君は強かったから、大将の所に連れて行っても大丈夫だろうって思ったのかも。仲間になってからは、その気持ちが強くなっていったよ」
その言葉に、私は不敵に笑う。
「なんだ、最初からそう言ってくれれば良かったのに。私、セブンズシンの大将なんか速攻で倒して帰ってたと思うよ」
「リーダーならやりかねないねー」
「ムメイ、強いもんね!」
「…何でもっと早く俺達に打ち明けなかった?」
黒ちゃんに言われ、紫君は儚い笑みを浮かべた。
ゲームセンターの音楽が、どこか遠くに聞こえる。
「そうだね…強いて言うならこれは俺の問題で、ノーネームが動く理由にはならないから…かな」
紫君は悲しげに笑う。
私達は顔を見合わせて、大きくため息を吐いた。
紫君が不思議そうに首を傾げる。
「あ…あの、紫神さん!」
たまらずといった様子で、ずっと黙って話を聞いていたきぃ君が口を開いた。
「それ…俺達が動く理由になりますよ!」
「え?」
紫君が目を瞬かせた。
きぃ君が興奮した様子で告げる。
「だって紫神さんは…大和高校の“生徒”じゃないですか!そして“生徒”を守るのが…助けるのがノーネームの存在理由です!」
「それに、困ってるなら助け合うのが仲間ってもんでしょうよ」
「だからレイも助ける!そうだよね!」
きぃ君と私、しろしろの言葉に、黒ちゃんとちゃー君が大きく頷いた。
紫君の瞳が、大きく見開かれる。
そうだ。
紫君がスパイだろうと関係ない。
仲間だから、生徒だから…私達は助ける。
それが“ノーネーム”だ。
私はパチンッと両手を合わせる。
「それじゃ、セブンズシンをぶっ潰すために作戦会議といきましょう~」
「情報収集なら任せてよー、秒で終わらす」
「子分!飲み物買ってこよう!長くなりそう!」
「はい、お供します真白さん!」
わいわいと話し合いを始める私達を見て、紫君が泣きそうな顔で笑った。
「…本当に、君達には敵わないなぁ…」
黒ちゃんが紫君の背中をポンと叩く。
「育人がいるとはいえ、お前の情報が頼りだ。観念して、セブンズシンの情報を全部吐け。…そうすれば、全部終わる」
私達が紫君のスパイ活動を終わらせる。
もう、二度とそんな事しなくていいように。
私達の生徒に…仲間に、二度と手出しできないようにしなきゃだね。
その日は、夜遅くまで作戦会議が行われた。



