「今でもその気持ち、変わってないよ」
語り終えた私の言葉を聞いて、紫君は眉を下げた。
唇を噛んでいるのか、僅かに血が滲んでいる。
「夢明」
黒ちゃんが紫君に目を向けたまま、私の名前を呼んだ。
「…さっき、怜は俺達を“裏切っていない”って言ってたよな」
「うん、紫君は私達の事を裏切ってないよ」
「その根拠はなんだ。何でそう言い切れる」
黒ちゃんのすがるような声に、私は答えた。
「私達がまだ、誰もセブンズシンに襲われていないから」
「………」
黒ちゃんは黙って話を聞いている。
ちゃー君もしろしろも、きぃ君も…その場で私へと視線を向けたまま、黙って話を聞いていた。
紫君は顔を背けたまま、何も言わない。
私は続けた。
「紫君がスパイだったのは本当で、私達の仲間になったのもセブンズシンに情報を流すためだったかもしれないね。…でも、だとしたらおかしい」
私はその場で両手を広げた。
一人一人を見渡して、口を開く。
「弱みとか…情報を流されていたんなら、とっくに私達はセブンズシンに襲撃されていたはずでしょ?でも、襲われていない…それは、つまり」
紫君を見て、ニコッと笑みを浮かべた。
「紫君は、少なくともまだ、私達の情報を渡していない…セブンズシンに何も言わなかったんだよね?それは私達を守るためだと思う」
話してしまえば終わるって分かっていたから。
それが嫌だと思ったから、言わなかったんでしょう?
「私達の事、大切に思ってくれてたから…だから情報を渡さなかった。私達は、ちゃんと仲間だよ」
私がそう言い終わると、しろしろが両手でガッツポーズをしながら笑った。
「だよね!レイはオレ達の事、裏切ったりしてないよね!仲間だもん!友達だもん!」
「…ボクもそう思う。今までの紫神君が全部ウソって、やっぱり思えないし」
「紫神さん、新参者の俺にも優しかったです…だから…姐さんの言う通り、俺も紫神さんの事信じます。一瞬でも迷った自分が情けないです…!」
ちゃー君ときぃ君が続き、残るは黒ちゃんだけ。
黒ちゃんはしばらく紫君を見つめて、落ち着こうとしたのか大きく息を吐いた。
壁から拳を離し、真っ直ぐな目で紫君を見据えた。
「…俺はお前がセブンズシンのスパイだったって事が許せない…大事な事何も言わずに仲間面してヘラヘラ笑ってた事も気に入らない」
「黒ちゃん、それは___」
「だけど」
黒ちゃんは一度言葉を区切って、続けた。
「俺もお前を信じたい。だからこそ、話してもらいたい…お前の事を。腹ん中に抱えてるもんを、全部俺達にぶつけてほしい」
黒ちゃんの言葉に、しろしろが紫君に近づく。
そして顔を伏せたままの紫君の肩を掴んだ。
「レイ!オレ、バカだけど…レイがまた笑ってくれるなら、頑張って考えるよ!だから一緒にこれからの事、考えよ!教えてよレイの事!」
そう言われ、ようやく紫君が顔を正面に向けた。
「そうだねー」
ちゃー君がポケットから包みに入ったキャンディーを取り出し、紫君の手に握らせる。
「これでも食べて少しリラックスしよーよ。紫神君ってば色々難しく考えすぎて、頭に糖分が足りてないんじゃない?もうちょい緩くいこー?」
手に握ったキャンディーを見て、紫君が僅かに口角を上げたのが見えた。
「紫神さん、俺…まだ一年だし、下っ端だし、頼りないのも自覚してますけど!何でも全力で手伝いますから…!何でも言って下さい!」
きぃ君の一生懸命な様子に、紫君の瞳が柔く細められた。
「紫君」
私に紫君の視線が向く。
怯えたような、悲しそうな、泣きそうな。
様々な感情が入り交じったような瞳。
私は彼に近づき、手を握った。
目を合わせて、穏やかに笑みを浮かべる。
大丈夫だよ。
何も怖くないよ。
ここにいるのは、君の仲間なんだから。
「改めて、聞くね。君の事を教えて下さい」
何があったのか、話したかった事も、全部。
スッキリするまで全部話してほしい。
私の隣にいた黒ちゃんが、声を発した。
「…夢明が…皆が言ってただろう。全部、俺達が受け止める。これからの事を考えよう、難しく考えるな。何でも手伝う…俺達は、お前の仲間だ」
「はは…君達はズルいなぁ…全く、もう…」
ようやく紫君が少しだけ笑ってくれた。
ちゃー君から受け取ったキャンディーの包みを指先でいじりながら、何度か穏やかに瞬きをする。
自身の肩に置かれたままのしろしろの手を、ポンポンと優しく叩いた。
「ありがとう…もう、大丈夫だよ。ちゃんと伝わったから」
しろしろが紫君の肩からゆっくりと手を離す。
紫君は目を伏せて、そっとまぶたを閉じ、再び目を開く。
そして覚悟を決めたように私達を見渡した。
その表情はどこか晴れやかだ。
私はニヤリと口角を上げた。
「やっと話す気になりましたかな?頑固な紫君」
その言葉に彼は笑う。
「あぁ、降参だよ…全て話そう、俺の事を」
___でも、その前に。
そう言って紫君は黒ちゃんに向き直った。
「…どうした?」
「黒石君、君に一つ頼みがある」
「頼み…?」
首を傾げる黒ちゃんに紫君が告げる。
「俺の事、一発殴ってほしい」
「…は?」
予想していなかった発言に、黒ちゃんの口から間の抜けた声が出ていた。
「…え、どゆ事ぉ…?」
「スゴいねー、さすが紫神君。ボクなら絶対そんな事言わずに話進めるよ」
しろしろがポカンと口を開け、ちゃー君が呆れたようにキャンディーを口にした。
「ちょ…待って下さい!今穏便に済みそうだったじゃないですか!何でわざわざ殴られようとしてんですか!!」
きぃ君が慌てふためく様子を見て、紫君が困ったように笑った。
「何でって…ケジメみたいな物かな?それぐらいしないと俺の気が済まないんだ…だから___」
言いかけた紫君のほっぺたを、黒ちゃんが殴る。
突然の衝撃を受け、紫君の体が横に吹き飛んだ。
置かれた机や椅子が凄まじい音を立ててバラバラに転がっていく。
『うわぁ…』
紫君と黒ちゃん以外の全員の声が重なった。
…さすがは黒ちゃん。
遠慮がない。
「あ、はは…こちらが構えてない時に殴るとは…やってくれたね」
紫君はヨロヨロと立ち上がり、切れた唇から流れる血を拭った。
黒ちゃんはニッと意地悪な笑みを浮かべる。
「痛い方が、身に染みるだろ?」
その言葉に、紫君はパチパチと目を瞬かせて…ほっぺたを押さえながら笑う。
「…違いないね」
私はキョロキョロと辺りを見渡しながら呟いた。
「紫君が無事にケジメをつけたのはいいとして…この室内、どうしましょうかねぇ…」
「ボクらで片づけとかないと、後々面倒でしょ…怒られるよ確実に」
散乱した机と椅子を見て、ちゃー君が大きくため息を吐いた。
「んじゃ、まずは皆でお片づけ。その後、アジトでじっくり紫君の話を聞こうか」
私の言葉に皆が頷き、片づけを始める。
ふと窓の外にシュシュ君の姿がチラリと見えた。
スマホを触りながら、険しい顔をしている。
彼はこちらに視線を向ける事なく、歩いて行ってしまった。
「リーダー、手ぇ止まってるよー」
「はいはい、やりますよー」
机を動かすちゃー君にそう返して、足元に倒れていた椅子を起こした。



