夢明-NO Name-


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出会ったのは放課後の帰り道。

夏休み明けの九月の事だった。


「…ははっ…」

小さく、絞り出したような笑い声が聞こえて視線を向けた。

見つけたのは路地裏で膝を抱える君。

傷だらけで、誰かと喧嘩したんだろうなってすぐに分かった。


「また派手にやりましたなぁ、大丈夫かい?」


つい声をかけてしまった私に、君はハッとしたようにこちらを見た。

気配にすら気づいてなかったんだろうね。

少しの間、君は私の顔を見つめていて…でもすぐに取り繕うようにニコリと笑顔を見せた。


「おや、恥ずかしい所を見られてしまったかな…見苦しい物を見せてしまってすまなかったね」


紫君、君はそう言って立ち上がり、服についた汚れをはたいて立ち去ろうとした。


「待って」


呼び止めたのは君がとても痛々しく見えたから。

私はカバンに入れて持ち歩いている消毒液とコットンを取り出した。


「手当てするから、大人しくしてて」


「あぁ…このくらい平気だよ、手間をかけさせるわけには___」


問答無用でずかずかと歩いて距離を詰める。


「はーい、ちょっとしみますよー」


そう言って消毒液が染みこんだコットンを遠慮なく紫君の手の傷にあてがった。


「…あはは…話を聞かない子だね…」


諦めた様子で手当てを受ける紫君はとても大人しかった。


「君って大和高校の生徒さん?何年生の誰さんかな?ちなみに私は一年生の灰川 夢明っていうのだけども」


「知ってるよ、君の事…学校の生徒達を守ってくれる不良達がいるって最近話題になっているからね」


「おぉ、私達も有名人になってきましたなぁ」


「不良なのに人助けしてるなんて、ユニークな子達だ」


穏やかな口調で、紫君は小さく笑った。

そして私を見つめて言葉を続ける。


「俺は二年生の紫神 怜…って名乗ったら分かるかな?」


「ん?紫君は有名人なのかな?」


「紫、君…?面白いね、あだ名で呼んでくるなんて。俺も不良の世界では有名だと思っていたけどまだまだみたいだね」


この時、紫君は自分が不良の世界で“死神”って呼ばれているという事を語らなかった。

顔のケガの手当てをしながら話したのは私の事。

聞き上手な紫君だったから、皆の事をたくさん自慢した。

黒ちゃんは喧嘩強くて、でも一番ケガも多いんだよね。

ちゃー君は頭がいいから、頼れる存在…お菓子くれるのもありがたい。

しろしろはね、力が強くて食いしん坊だから、よくちゃー君が餌付けしてるの。

紫君は楽しそうに相づちを打って、見ず知らずのメンバーの話を最後まで楽しそうに聞いてくれていた。

今思えば、この時の紫君は“スパイ”活動の真っ只中だったんだろうね。

私達、ノーネームの情報を得ようとしてた。

でも、きっとそれだけじゃないよね?

あの時の笑顔は、きっと嘘じゃない。

内容がメンバーの話から、私の日常の話になった。

そんな時、会話の流れで家族の話になったの覚えてるかな?


「紫君って私のお兄に似てるかも」


「…へぇ、お兄さんがいるんだね。俺に似てるってどんな所が?」


「うーん?…聞き上手で、何考えてるか分からない所?」


「酷いなぁ、俺はけっこう分かりやすい男だよ?」


そう言って笑った後、紫君がそっと呟いた。


「…俺にも妹がいるんだ。物怖じしない所とか少し君に似てるかもしれない」


憂いを帯びた表情で、目を伏せた紫君はどこか辛そうに見えた。

ストレスを隠そうとしてるウサギさんみたい。

長いお耳があったら、しょんぼり垂れてただろうね。


「そっかぁ…紫君優しそうだし、妹さん幸せ者だねぇ」


その言葉に紫君は寂しげに笑った。


「…そうだといいんだけどね」


もしかして、妹さんと喧嘩でもしたのかな。

私は話を変えようとした。

その時、紫君の指先が私の手に触れた。

まだ外の気温は高いのに、ひんやりとした紫君の指。

私が首を傾げていると、紫君が口を開いた。


「仲間がいるって…どんな感じかな?」


私は即答した。


「楽しいよ。背中を守ってくれる人がいるって心強いし、毎日皆で集まって作戦考えたりお菓子食べたりして…紫君には仲間はいないの?」


私の問いかけに、紫君は下を向いて首を振る。


「俺には…仲間とかチームとかって向いてないみたいでね」


冷たい温度が、私の手から離れた。


「話を聞かせてくれて、ありがとう。それに手当てまで…久しぶりに楽しい時間を過ごせたよ」


そう言い残してヒラヒラと手を振る紫君。


「ちょっと待って」


そのまま去ろうとする君の手を、私は握った。

紫君は振り返って、私を見て首を傾げる。


「紫君、ノーネームに…私達の仲間にならない?」


そう言った時、君は目を瞬かせて驚いていた。

君からすれば、あの時…私達の情報をセブンズシンに流して終わるだけのつもりだったんでしょ。

だけど、私が仲間に勧誘しちゃったから。

君は迷っていた。


「…さっきの言葉、聞こえていなかったのかな。俺には仲間とかチームとか向いてないって___」


「聞こえてたよ」


「じゃあ…何でだい?俺を仲間にすればきっと後悔する日がくるよ」


そんな言葉を苦笑しながら言い捨てる紫君に、私は告げた。


「後悔なんてしない。今日まで一人で戦ってきた頑張り屋さんな君に、仲間になってほしい」


私が一方的に話しただけだけど。

これまでの会話で…その雰囲気で分かっていた。

紫君は“優しくてイイコ”だって。

そんな優しい君が、これから先もたった一人で…誰かと喧嘩してボロボロになっていくなんて。

そんな事を考えたら、いてもたってもいられなくなった。

だから仲間になろうって言ったんだ。

紫君は視線を揺らして、下を向いて…少し考えた後に顔を上げた。

私と視線が合う。


「…本当に君は…何も知らないのに…」


「隠してる事があるの?」


「ああ、そうだよ。それがいつの日か君や…君の大事な仲間を困らせ、傷つけるのが分かる」


紫君の声が僅かに震えた。

私は君に笑った。


「それなら…いつか君が、自分から話してくれるまで待つよ。その時は、必ず皆で受け止めてみせるから、だから___」


だから私達を信じて、仲間になってほしい。

そう言って笑う私のほっぺたに、君は触れた。

壊れ物を扱うかのような、優しい手つきでほっぺたを撫でる君の、ひんやりした指先が気持ちよかったのを覚えてる。


「…もう、本当に話を聞かない子だなぁ…君は」


困ったように笑って、紫君は頷く。


「それじゃあ…仲間に入れてもらおうかな。…今日からよろしくね、リーダー」


君はそうやって、私達の仲間になる事を選んでくれた。

皆、優しい君の事が大好きになったよ。

黒ちゃんもちゃー君も、しろしろも。

もちろん私も。

あとついでにきぃ君も。

だから、話してもらえないかな?

君に何があったのか。

スパイになったその理由を、経緯を。

今、ここで話してくれないかな?

大丈夫。

全部、受け止めてみせるから。


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