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これはちゃー君やしろしろと出会う前のお話。
一年生として入学する頃には既に噂になっていた。
毎日喧嘩に明け暮れている男の子がいるって。
「あっ、ここにいた」
人気のない屋上。
それは普段から立ち入りを禁止されているからだけではなく、彼がいたから。
屋上の真ん中であぐらをかき、座っていた男の子。
それが黒ちゃんだった。
彼は私の存在に気づくなりギロリと睨みつけた。
「…誰だ、お前」
警戒心が丸出しの声色と雰囲気。
それに怯むという事はなかった。
私はゆっくりとした足取りで黒ちゃんに近づく。
「喧嘩、強い子がいるって聞いたから見にきたんだぁ」
「だから誰だよ」
「灰川 夢明だよ。隣のクラスです、よろしく」
「…さっさと出ていけ」
そう言うと黒ちゃんは顔を背けた。
彼は話す気がなくなったようなので、仕方なく私は一人で話し続ける。
当時の私には大人しく帰れない事情があった。
「うちのクラスの女の子がね、最近近くの不良チームに絡まれて怖い思いしてるんだよ。それが50人くらいのチームらしいんだけどね」
「…帰れよ」
黒ちゃんがイラついたように舌打ちする。
私は彼の隣に座った。
「は…?何勝手に横に座って…」
驚いた様子の黒ちゃんを見つめて、首を傾げる。
「さて、本題です。黒ちゃん、一緒にそのチーム潰すの手伝ってくれないかな?」
「は…?ってか何あだ名つけて___」
「私も半分手伝うからさ、一人あたり25人計算でパパッとやっちゃおうよ」
私の言葉に、黒ちゃんは冷ややかな視線を向けた。
「…本当の事を言えよ。その不良チームの奴らに“俺を連れて来い”って言われたのか?」
「ん?なんの事かな?」
「とぼけるな。…そんな嘘つかなくても、俺は売られた喧嘩ならいつでも買う」
「本当になんの事かな?」
話が噛み合わない。
どうやら黒ちゃんは、私が“不良チームに脅されて彼を誘い出そうとして嘘をついている”…そう判断しているようだった。
「いや、あのね。私も隣で黒ちゃんと一緒に戦うよ」
「勝手にあだ名で呼ぶな…それに女が戦えるわけないだろ」
「私、けっこう強いよ?」
「なら一人で何とかしろ…俺に関わるな」
私はその場で立ち上がり、ぐぐっと背伸びをした。
黒ちゃんの眼光は鋭いままだ。
私を全く信用していない。
私はよく晴れた空を見上げて口を開く。
「明日の放課後、商店街近くのゲームセンター」
「…あ?」
「そこで待ってるね」
そう言い残して屋上を去る。
後ろから「おい!なんだそれ!」と声がしたが、私は足を止めない。
屋上のドアを閉める間際、再び舌打ちが聞こえてきたのを覚えてる。
約束の“明日”が来て、私は放課後にゲームセンターの前に立っていた。
足音がして私は顔を上げる。
「ねぇキミ可愛いね~、今一人?」
「こんなとこいたら危ないよ~?それとも声かけられるの待ってた?」
「俺らこのゲーセンがアジトなんだけど、一緒に遊ばない?」
三人の男の子が声をかけてきた。
その中の一人が、私へと手を伸ばして触れようとして___。
その瞬間、横から別の手が伸び、それを阻んだ。
黒ちゃんだ。
男の子の手首を掴む、黒ちゃんの手元からギリギリと骨の軋むような音が聞こえた。
「いっ…は、離せよ!」
掴まれた男の子が伸ばした腕を引っこめる。
彼の手首には赤い手の後がくっきりと残っていた。
「テメェ誰だよ!」
「俺らが誰か知って___」
その言葉の続きは聞けなかった。
三人の男の子達は全員、黒ちゃんから放たれる圧に押し黙っている。
ポキポキと指の関節を鳴らしながら黒ちゃんが言い放つ。
「…この女に何か用なら、俺を通してもらえるか?」
「クソッ…仲間呼んでこい!」
男の一人がゲームセンターの中へと逃げるように去って行く。
黒ちゃんが私に素早く耳打ちする。
「お前は逃げろ」
「いや、でも一人じゃ___」
私が言いかけたその瞬間、残った男の子達が一斉に黒ちゃんへ殴りかかった。
一人目のパンチを見切り、その腕を取ってみぞおちに膝蹴りを打ちこむ黒ちゃん。
男の子がゲホッとツバを吐き、その場に倒れこむ。
「この野郎っ!」
向かってきた二人目の蹴りを片手でガードし、もう片方の手で相手の顔を殴る。
流れるような右ストレートが決まり、二人目もコンクリートの上に倒れ伏した。
「…俺一人でいい」
黒ちゃんはそう言って自らゲームセンターの中へと入っていく。
すぐに男達の怒声が聞こえてきた。
私は急いで後を追う。
50人いる不良チームが黒ちゃん一人に翻弄されていた。
猛攻する黒ちゃん。
その戦い方は、どこか孤独感を感じさせた。
ふと、背後から忍び寄っていた男の子が、黒ちゃんを羽交い締めにした。
UFOキャッチャーの影になり、黒ちゃんからは見えなかったんだろう。
すぐさま数人の男の子達が黒ちゃんを取り押さえる。
「___チッ」
動けない黒ちゃんの頭に、一人の男の子がバットを振りかざそうとして…吹き飛んだ。
理由は簡単。
私が跳び膝蹴りをかましたから。
黒ちゃんと視線が合った。
目を丸くしてパチパチと瞬きをしている。
そのまま近くにいた男の子を回し蹴りで床に沈めながら、私は黒ちゃんに笑いかけた。
「さぁ、後もう一息だよ___やろうか」
「っ…言われなくても」
黒ちゃんが羽交い締めしていた男の子を背負い投げた。
再び形成は逆転した。
広いゲームセンターの中を男の子達が逃げまどうようになり、怯えた声が響いた。
「ひっ…こ、こいつら化け物だ!」
「逃げろ逃げろ!殺されるぞ!」
蜘蛛の子を散らすように去って行く男の子達の背中に私は叫ぶ。
「これに懲りたら、うちの学校の生徒にちょっかいかけないでよーーー!」
果たして声は届いただろうか。
隣で乱暴に髪をかき上げる黒ちゃんが、何も言わずにその場を去ろうとする。
私はそれを止めた。
「黒ちゃん、ほっぺケガしてるよ」
「…かすり傷だ」
「消毒液持ってるから、そこのパイプ椅子に座って?手当てしたげる」
「いい」
ぶっきらぼうな返事。
私は構わず黒ちゃんの手を取り、パイプ椅子へと座らせた。
黒ちゃんが諦めたようにため息を吐く。
それに聞こえないふりをして私は聞いた。
「ねぇ黒ちゃん、何で一人で戦おうとするの?」
「お前には関係ない」
「さっき助けてあげたよね。恩を返すと思って聞かせてよ」
そう言うと顔をしかめた後、黒ちゃんが渋々と語り出した。
「…四人の友達がいた。小学校からの付き合いで、中学に入ってからもつるんでたけど、中三の奴らから目をつけられた」
理由は一年生だった黒ちゃん達が歩いている時に、友達の一人が先輩にぶつかってしまった事だったという。
しょうもない理由。
それに先輩は怒ったんだろう。
黒ちゃん達五人は力を合わせてその先輩に勝とうとしたけど、数を呼ばれて劣勢になったらしい。
「勝てないと思ったんだろうな。その時、ダチの一人が言ったんだ」
コイツが先輩に肩をぶつけたんです___。
「媚びるような怯えた声で、ソイツは俺を指差してそう言った」
それに続けと言わんばかりに、他の友達も黒ちゃん一人のせいにしたらしい。
そうする事で、自分達は助かろうとした。
「ダチが皆、逃げるように去って行った。俺を残して」
黒ちゃんは淡々と話していたけれど、その拳は震えていた。
「信じてた。勝てなくても最後まで諦めないってな。…けど俺は裏切られた」
「その後、黒ちゃんは先輩とどうしたの?」
黒ちゃんの前にしゃがみ込み、消毒液をコットンに含ませ、黒ちゃんのほっぺにあてる。
「…死に物狂いで喧嘩した。結果は辛くも勝利…だけど何も嬉しくなかった。それから喧嘩の毎日を繰り返して…俺は今じゃ立派な“不良”だ」
元々、目つきの悪さから不良に絡まれる事が多かったと黒ちゃんは言った。
「ダチも仲間もいらない。俺は一人でいい」
「本当かなぁ、それ」
私は呟く。
黒ちゃんの眉がピクリと動いた。
「…どういう意味だ」
「背中を預けられる相手がいるのと、いないのだったら…やっぱり前者のが安心できるし、強くなれるよ」
___さっき私と戦ってみて、どうだった?
黒ちゃんはうつむいた。
戦いやすくなったのは事実だろう。
私は黒ちゃんの横にあるパイプ椅子に座った。
「私と仲間を集めてみない?」
「…お前と…?」
「うん、それで信頼できる仲間と学校の生徒を守るの。それが私の夢なんだ」
「俺は…無理だ。誰も信用できない」
他をあたれと黒ちゃんが顔を背ける。
だけど私は退かなかった。
「黒ちゃんがいいの。私は君に、傍にいてほしい」
そう言って黒ちゃんの頭を撫でる。
驚いた黒ちゃんが椅子から飛び跳ねるように落ちた。
「はっ…!?急に何…頭…」
真っ赤な顔。
「君は仲間…これはもう決定事項です。信頼するのも少しずつ頑張ってみよう?そしたらご褒美に、また頭なでなでしたげるね」
「っ…し、しなくていいっ!!」
茹でダコのように顔を赤らめて叫ぶ黒ちゃんに近づき、彼のほっぺたに絆創膏を貼る。
それからちゃー君、しろしろ、紫君に出会って…仲間は増えていった。
黒ちゃんも少しずつだけど、皆と仲良くなっていって…ご褒美を自らねだるようにまでなって…。
全て、良い方向に進んでいたのに。
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