青春恋愛ミッション

 校庭の桜並木の桜は満開の様子をうかがわせていた。
 春のそよ風が甘いかおりをどこからか運んできて、私たちを贅沢で富貴な心地にしてくれる。

 彼、彼女たちのドラマは、ほんのり甘くこのまたたきの青春を価値あるものにし、甘い記憶を私たちに贈る、人生劇の序章(プレリュード)なのです。

 「今度の日曜日私のアパートにこない?」
 「え?」
 「って?先生の自宅、へですか?」
 「どうしたの?」
 「いつだっていいのよ」
 「えっ、いいんですか?」
 「私はいいのよ」
 「あなたがよければ」

 「じゃ、お言葉に甘えて....」

 学校の先生の自宅にお邪魔するなんて初めてのことでドキドキ・ワクワクなこうたである。

 日曜日の昼下がり、こうたは町内にある友恵先生の自宅を訪問した。
 「ピンポーン、ピンポーン」
 玄関のチャイムを鳴らしたら
 中から、いつもの色のある声で
 「どうぞ、開いているわ、入って!」
 こうたは、しぶしぶと、靴を玄関に上手に並べて、居間に座っていた。
 おしゃれな雰囲気の漂う、なんとも切ない日曜日の昼下がりである。
 「はい、レモンティーよ!」
 「あ、ありがとうございます!」
 上品なティーカップに、輪切りのレモンの程よい香りが紅茶の旨みを上手に引き出していた。
 午後の日曜日にふさわしい、のどかな時の流れを感じさせている。

 なんだか時が止まったような気になり、時計を見るのだが、なんとも言えない
 不思議な感覚にとらわれていた。

 どこか既視感があるが、でも初めての体験がする不思議な空間が彼と彼女の間に広がっていた。
 それはいわゆる「デジャビュ」というフランス語で表される、恋愛期・青春期に体験するであろう現象のようである。

 こうた「これって....」
 先生「デジャビュよ。」
 こうた「デジャビュ....ですか」
 先生「あなたがいま体験しているのは誰でも体験するものじゃないの」
 「あなたはそれだけ特別な存在だからなのよ」
 こうた「こんな体験はじめて....」
 先生「たぶんあなたは特別な才能があるのだわ....」

 こうたは少し眠い感じになり、目の前がぼやけてきていた。
 うつらうつらと夢見ごごちになり、とうとう夢枕で友恵先生の若い時の夢に陥っていた。

 ここから(夢の中の回想)

 「好きよ!当たり前でしょ!」
 「お願いだから、いつもそばにいて」
 「私にはあなたしかいないの」
 「いいわ、あなたはとても魅力的よ」
 「当たり前よ」
 「女にとって男はゆりかごのような強い愛のようなものよ」
 「男って、シリアルで大好き」
 「その友達って誰?」
 「こうたよ!」
 「こうたって、あのトランペットの?」
 「そう、彼の方が魅力的だし、勉強だってできるんだから」
 「私よくわかるわ。彼は私にとって全てが虜」
 「私が好きなのは、こうただけよ!!」
 「でも、とにかく、今私が好きなのは、こうただけなんだから」

 先生の若い時の姿が彼の記憶に現れてきた。

 若い友恵先生は、テニスルックで大人びた学生姿であった。
 そのテニスルックの若い時の先生が、こうたと寄り添いながら秘密の二人の
 時を過ごしていた。
 「私どう?」
 「いいルックスさ」
 「私もよ」

 ここまで(夢の中の回想)

 程よい夢の中の物語の途中で、夢は遮られた。

 夢うつつに入ってから、うつらうつらとぼんやりと目の前にいる友恵先生の膝枕にいるようであった。
 どこかふんわりした感覚に、いつまでもこうしていたいという幼い時の既視感が感じられた。
 デジャビュではなく、本当の夢である。

 夢の中では、ある練習での「優子」との会話がそっくり「友恵」先生におきかわって、こうたの夢の中で再現されていた。

 不思議な夢はこうたの甘い記憶のどこかにうっすらとおぼろげに残っていた。
 しかし具体的に説明はできなかった。
 おぼろげななんとも言えない淡い夢の記憶は、それが続けばいつまでも保存しておきたい、しかしそれは叶わないかけがえのない青春の証拠なのであった。

 先生「少し、疲れているのね」
 「こういう時は、甘いものを摂るといいわ」

 甘いいちごのショートケーキは夢にさらに甘さを加えて溢れる記憶の中でさらに恍惚の思いを満喫させている。

 夢は長い間続いたように感じたが、目覚めるとそれはほんの10分程度であった。
 彼のこころは完全にとろけていた。

 大きな夢の中から目覚めたこうたはからだが満足して心地が良かった。
 充実した友恵先生との日曜日の午後のひとときは彼に青春の貴重な体験を味合わせた。

 学校も卒業シーズンになり、友恵先生が他校へ転任することになった。

 こうたは友恵先生が、どうやら結婚するようであるという噂を聞きつけていた。

 先生「私結婚することにしたの」

 「相手はこうたがそっくり大人になったような音大の講師なのよ」

 「それが私にとって理想というか....つまり現実の相手なのよ」

 「こうたくん、いい思い出ありがとう」

 こうた「せ、先生......」

 先生「大丈夫よ」

 「あなたには優子さんがいるわっ!!」

 こうたは、うら寂しい感覚でいっぱいになっていた。
 その喪失感をどうやって埋めればいいのかと、少し不安になり始めていた。

 こうたの定期入れに入っている友恵先生の写真が虚しさをさらに助長させるようになっていた。

 しかし裏側には「優子」の写真が入っていた。

 この「優子」の写真は、こうたがこの高校の入学後に、中庭で撮影した思い出のある記念写真である。

 しかし卒業が近づいて、いよいよ、「優子」とも別れる時が来る気配である。

 卒業がこんなにも寂しいとは思いもよらず、さくらの咲き誇る中で、切なさと思い出の入り混じる、なんとも言えない感傷的感覚である。

 しかしさくらの温かいひだまりだけは彼に優しい眼差しを与え続けていた。
 春のそよ風に身を任せつつ、新しい春を迎える期待がこうたの背中を後押しして励ましてくれているのであった。