ビブリオ俱楽部におまかせ!

 読書感想文は推し語り。
 確かに本多部長はそう言った。
 言った――のだけれど。
 
「はあ……?」
 
 あまりに唐突すぎる名言――いや、迷言に固まってしまう。
 それは俺だけじゃなくて、他のメンバーも同じようだ。
 乃部はぱちぱちと瞬きをしたまま動かないし、転がった今路は体勢こそ立て直したものの、今度は体育座りで微動だにしない。
 
「司……言葉が足りなすぎる。説明しろ」
 
 やっぱり、こういう時に話を進めてくれるのは寒川副部長だ。頼りになるなあ。
 
「えー? 足りないもなにも、読んで字の如く、さ。読んだ本を推しと思って語る。それを文字にして原稿用紙に書く。これでいっちょあがりさ!」
 
 ぱちん、と綺麗に指パッチンを響かせた本多部長は、カメラ目線でウィンクを決めた。
 ……どこにカメラがあるのかは知らないけれど。
 
「えーっと……つまり、この本を推しと思って、ろきぴについて語ったみたいに書けってことですよね?」
「その通り! 紙谷くんは察しがいいな」
 
 褒められるとなんだか嬉しくなって、より頭を働かせる。
 
 ええと、ろきぴについてどう話していたっけ。
 
「まずは人となり……だから本に置き換えるとあらすじ? 物語の冒頭とかを簡単に説明して……」
「お、もう俺の例え話を落とし込んでるのか?」
 
 そこで本多部長は、さっき俺から取り上げたメモ用紙とペンを差し出す。
 思いついた流れを、とりあえず書き出すことにした。
 
「文くん、その前に読もうとしたきっかけを入れたら? ほら、ろきぴを推すようになった話を参考にして、さ」
「紙谷は……ろきぴのビジュがきっかけになったと言っていた。本のビジュは……表紙。それを取り入れるのも、また、良し」
 
 身を乗り出してきた乃部と今路が、口々に助け舟を出してくれる。慌ててそれもメモしていく。
 
「自分に絡めたエピソードがあると、書きやすいんじゃないか? ろきぴがいるから勉強も頑張れるみたいに、この本を読んでいた時に何か自分に影響したことがあれば、だが」
 
 寒川副部長のアドバイスは的確だ。
 ラストを読んでいた時の爽快感で、ハイテンションになっていたことを思い出す。
 
「あとは定番だけど、推しキャラとか推しセリフだな。どうしてそこが紙谷くんにとっての推しポイントなのかを書けば、推し語りみたいなものさ」
 
 本多部長の言葉も合わせて、走り書きしたメモをざっと流し読みする。
 
「おお……」
 
 そこには、読書感想文を書くためのヒントがてんこ盛りだった。
 
 もしかしてこれ、いけるんじゃないか?
 
 読書感想文は推し語り。
 ある意味、真理なのかも!
 
「ありがとうございます、みなさん。俺……やってみます!」
 
 立ち上がってみんなを順番に見渡す。
 
「頑張れよ。なに、行き詰まったらまたここに来ればいいさ」
 
 寒川副部長の頼もしい言葉。
 
「そうそう! 話ならいくらでも付き合うよ〜! まずはチャレンジあるのみってね!」
 
 乃部が元気よくピースサインを決める。
 
「気分転換も……だいじ。ぼくのおすすめ写真集、借りてく?」
 
 今路が、外国の風景が表紙になってる写真集を掲げる。顔半分が隠れてるあたりが今路らしい。
 
「心配するな、うまく書こうとしなくたっていいのさ。感想に正解はないんだからな! パッション、フィーリング、ラブさ!」
 
 本多部長は、そこらのアイドル顔負けの指ハートでファンサを決めた。
 確かに本多部長は陽キャだし、わりとイケメンなのは認めるけれど……。
 
「それ、男子だらけのここでやって意味あります?」
 
 ツッコむのは野暮かと思いつつも、ジト目で指摘すれば、本多部長は大袈裟に胸に手を当てて撃たれたふりをした。
 
「うっ! 新入部員のくもりまなこでツッコまれると心にくるな……だがみんな、俺に構わず先に行けっ……!」
「そうか。じゃあみんな、今日は解散。鍵は部長が閉めるから帰っていいぞ」
「イエッサー!」
「……ん。合点承知之助」
「お前ら冷たくないかあ!?」
 
 淡々と帰り支度を始めた寒川副部長たちに、本多部長は悲鳴をあげた。
 そして撃たれた芝居のまま、よろよろと俺に倒れ込んでがしりと手首を捕んできた。
 
「わっ」
「紙谷くん……! 君なら、君なら俺を見捨てないよなあっ、信じてるぜ……!」
 
 ぜえはあと息も荒く、迫真の演技で俺にすがってくる本多部長。
 この人、演劇部でもやっていけるんじゃないだろうか。
 
「すみません。おかげさまでせっかく感想文書けそうなんで、このまま帰って一気に書き上げちゃいます」
「ぐはあっ」
 
 俺のひとことがトドメだったらしい。
 本多部長は力なく床に崩れ落ちた。
 
「紙谷くん、それはほっといて帰るぞ」
「あ、はいっ」
 
 リュックを背負った寒川副部長が手招きをしているので、慌ててメモなどの荷物をまとめる。
 その隣にやってきた乃部は、いつもの笑顔だった。
 
「ねね、文くんて家はどのあたり? 校門を出たら信号渡る方角?」
「あ、うん。向かいに大きな木が続いてるじゃん? その奥側をずーっと行ったところ」
「あの木……ハナミズキ。花が咲くと色とりどりで、きれい」
「へえ、あれハナミズキって言うのか。名前だけは聞いたことあるなあ。今路は植物に詳しいんだ?」
「図鑑で見たものだけ……」
 
 そう答えた今路は、写真集で顔を隠してしまった。長い髪のすきまからちらりと見えている耳が赤い。
 
 ……なんだ、照れ屋なのか、こいつ。
 
 マイペースなところが印象的だけど、こうして喋ってみると意外と普通だ。
 同じクラスにいるだけじゃ、わからないもんだな。
 
「な、今路。感想文書き終わったら、おすすめの写真集とか教えてくれよ」
「……ん。風景がいい? それとも生きもの?」
「うーん、まかせる。俺の推し語り聞いてもらったし、俺も今路の推し本知りたい」
「あっ! それなら俺も推し本紹介したいっ! ハマってるファンタジーがあるんだ。読むとね、こう……アメイジングッ! ってなるよ」
 
 すっと片手をバレリーナのように上げた乃部がくるくる回りだしたので、けらけらと笑う。
 
「なんだそれ、それが乃部のアメイジング?」
「どちらかというと……ファンタスティック」
「こ、れ、が! アメイジングなのっ!」
 
 違いがわかんねー、とツッコミながらリュックを背負う。
 ちらりと後ろを見れば、本多部長はふてくされて床にまだ寝ていた。
 
「部長ー、帰りますね。お疲れ様でしたー」
 
 その途端、ぴくりと反応した本多部長が飛び跳ねる勢いで支度を終える。
 
「普通置いてくかあ!?」
 
 人間の限界に挑戦した速度でがばりと後ろから抱きつかれて、苦しくなりつつ笑った。
 
「すみません。みんなツッコまないので、このノリが普通なのかと」
「んなわけあるかっ! 普通置いてくか? 俺、部長だぞ? リーダーだぞ?」
「リーダーだろうが隊長だろうが、床に寝てたら踏まれないだけありがたく思うんだな」
「まあ、博規ちゃまったらひどいっ! 俺とアナタの仲なのにっ」
 
 ハンカチを噛み締める真似をする本多部長と、我関せずですたすた歩いていく寒川副部長。
 
 ……これがビブリオ倶楽部の日常みたいだ。
 
 はやく帰って、感想文書かないとな。
 そう思うけど、足は自然と遅くなって、新しい仲間とのお喋りが続く。
 まあ、こんなのも悪くはないんじゃないかな。