「じゃ、まずは肩慣らしといこうか」
そう言って、本多部長は本当にコキコキと肩を回した。野球部なら、ノックが始まりそうだ。
なにかものすごい奥義を伝授されるのだろうか。
慌ててメモとペンを握りしめ、本多部長をじっと見つめる。
「紙谷くん、ろきぴのどこが好きなんだ?」
「……は?」
肩慣らし……じゃなくて、肩透かしだった。
握っていたメモ用紙がくしゃりと歪む。
「いや、VTuberって星の数ほどいるだろ? その中で、あえてろきぴ推しなのはどうしてかと思って」
「本多部長は、ろきぴを知っているんですか?」
「ん? 名前くらいかな。人となりとか、配信内容はわからないんだ」
そこで本多部長は、俺の手からペンとメモを抜き取って、自分がそれで何かを書くような姿勢になる。
「だから俺に教えてほしいんだ。ろきぴがどんなVTuberで、紙谷くんがろきぴのどこを好きなのかを」
「ええ……?」
なんなんだ、この質問。
読書感想文の書き方を教えてもらいにきたっていうのに、逆に俺が関係ないことを聞かれてる。
ちらりと寒川副部長を見上げる。副部長は、静かに全体を見つめていた。
いつも、本多部長に容赦ないツッコミを浴びせている彼が何も言わないってことは、脱線しているわけではないんだろうか。
「うーん……」
ろきぴについて教えてと言われても……実際に配信を見た方が早いだろ。
悩んでいる俺の背後に、なにかの気配がした。
「……推しなのに、推してる理由、言えない?」
「うわっ」
今路だった。しゃがんだまま平行移動してきたらしく、今度は俺側の背もたれを掴んでいる。
「それって情熱不足? それとも……ろきぴが魅力不足?」
……なにぃ!?
今、聞き捨てならないことを聞いたぞ!?
ばっと立ち上がった俺に、今路は「おお」と目を丸くした。
「ろきぴを知らない人に教えること、それすなわち推しの布教活動。ぼくたちに布教してみて。ろきぴの推しポイント」
その言葉は、まさに目からウロコだった。
そうか、説明しようとするからややこしくて言葉が出てこないんだ。
推しの布教。そういうことか。
「……よーし、俺にろきぴを語らせたら長いですよ」
腕まくりをして仁王立ちする。
乃部が楽しそうに小さく拍手をしていたのをきっかけに、俺はろきぴの布教を始めたのであった。
「まず、ろきぴは中学生VTuberなんです。同年代だから配信を見始めたんですよね。そしたらめちゃんこ俺好みのビジュアルが出てきて、即チャンネル登録してました」
ぐっと親指を立てれば、今路が「直感、だいじ」と頷いていた。それに励まされて言葉を続ける。
「配信内容は雑談メインですかね。テスト前は配信お休みするんですけど、きちんとこっちの活動と学校生活を両立しようっていう真面目なところが好感高いです。ろきぴが勉強がんばってるから、俺もテストがんばるかーみたいに、離れてても励まされるものがあるんですよ!」
「ファンタスティック! 会えない時間が愛を育てるって、定番だけど鉄板だよねぇ!」
乃部がぎゅっと両手を組んで、夢見る乙女なポーズを取っている。
別に俺は、ろきぴに恋しているわけではないのだが……。
「さっき、好みのビジュって言いましたけど、見た目が可愛い女子キャラだから好きなわけじゃないんです。あいさつは可愛らしい感じにろきろき〜って言ってますけど、普段の喋りはちょっと中性的なところもあって、ぶりっこしてないところもいいんですよね。ボイスチェンジャー使ってるから、ぶっちゃけ中の人は男かもって思うこともありますけど……ま、正直どっちでもいいです」
「えっ」
そこで声を出したのは寒川副部長だった。
びっくりして語りを止めると、寒川副部長はちょっと気まずそうに周りを見て、それから俺に向き直る。
「……話の腰を追って悪い。その……ろきぴが男か女か、というのは、紙谷くんにとってさほど重要じゃない、のか?」
「……? ええ。俺はろきぴの話してる内容とか、性格とかが好きなんで。推しといっても付き合いたいとか、アイドルに対する憧れみたいなものとは違いますね。次元が違っても繋がってる気がして――それに励まされるし、こうして宿題のヒントもくれるし。なんつーか……尊敬してます、はい」
そこまで自分で言って、すとんと腑に落ちた。
俺、ろきぴを尊敬してるんだ。
「……なるほどな」
寒川副部長が感心したように息をつく。
一生懸命、俺の喋った内容を理解しようと頭をフル回転させてるみたいだ。
「すみません、寒川副部長はVTuberとかよくわかんないっすよね」
「いや、知識はある。だけど、こうして実際に推している人の感想を聞くのが初めてだったから新鮮だった。すごくためになった」
ありがとう、と律儀にもお礼を言ってくる寒川副部長に、どうにも照れくさくなってしまう。
「や、こっちこそめちゃくちゃな推し語りなのに、めっちゃ真剣に聞いてくれて、申し訳ないっつーかありがたいっつーか……」
ぽりぽりと後頭部を掻きながら顔を伏せてしまう。
お礼を言いたいのに、なんだか言い訳がましくなってしまうのはどうしてだろう。
「いや、それだけ紙谷くんが熱中している証拠だろ。他人のためにそれだけ熱くなれるのは、とても素晴らしいことだと思う」
そうはっきり言い放った寒川副部長の目は――まっすぐ俺を見つめていた。
「……そ、そっすか。ども」
ぺこりと頭を下げた。だめだ、顔を上げられない。
どんな顔をすればいいか、よくわからないんだ。
「そーれだあっ!」
突然、本多部長が右手を大きく上げて立ち上がった。
今まで沈黙を貫いてきた本多部長の奇行に、俺はもちろん、他のメンバーもびっくりしたらしい。
ロマンが寄りかかっていた背もたれからずり落ちて、今路は起きあがりこぼしみたいにころりんと転がった。
「うっわあ、どうしたの司部長」
「サプライズ……心臓に、悪い」
「あっはは、すまんすまん。だが、紙谷くんっ」
びしっと本多部長は俺を指さした。
「司、人を指さすな」
すかさず寒川副部長が手を下ろさせる。
なんかしまらないよなあ、この先輩たち。
「いいか、紙谷くん。読書感想文は――推し語りだ!」
そう言って、本多部長は本当にコキコキと肩を回した。野球部なら、ノックが始まりそうだ。
なにかものすごい奥義を伝授されるのだろうか。
慌ててメモとペンを握りしめ、本多部長をじっと見つめる。
「紙谷くん、ろきぴのどこが好きなんだ?」
「……は?」
肩慣らし……じゃなくて、肩透かしだった。
握っていたメモ用紙がくしゃりと歪む。
「いや、VTuberって星の数ほどいるだろ? その中で、あえてろきぴ推しなのはどうしてかと思って」
「本多部長は、ろきぴを知っているんですか?」
「ん? 名前くらいかな。人となりとか、配信内容はわからないんだ」
そこで本多部長は、俺の手からペンとメモを抜き取って、自分がそれで何かを書くような姿勢になる。
「だから俺に教えてほしいんだ。ろきぴがどんなVTuberで、紙谷くんがろきぴのどこを好きなのかを」
「ええ……?」
なんなんだ、この質問。
読書感想文の書き方を教えてもらいにきたっていうのに、逆に俺が関係ないことを聞かれてる。
ちらりと寒川副部長を見上げる。副部長は、静かに全体を見つめていた。
いつも、本多部長に容赦ないツッコミを浴びせている彼が何も言わないってことは、脱線しているわけではないんだろうか。
「うーん……」
ろきぴについて教えてと言われても……実際に配信を見た方が早いだろ。
悩んでいる俺の背後に、なにかの気配がした。
「……推しなのに、推してる理由、言えない?」
「うわっ」
今路だった。しゃがんだまま平行移動してきたらしく、今度は俺側の背もたれを掴んでいる。
「それって情熱不足? それとも……ろきぴが魅力不足?」
……なにぃ!?
今、聞き捨てならないことを聞いたぞ!?
ばっと立ち上がった俺に、今路は「おお」と目を丸くした。
「ろきぴを知らない人に教えること、それすなわち推しの布教活動。ぼくたちに布教してみて。ろきぴの推しポイント」
その言葉は、まさに目からウロコだった。
そうか、説明しようとするからややこしくて言葉が出てこないんだ。
推しの布教。そういうことか。
「……よーし、俺にろきぴを語らせたら長いですよ」
腕まくりをして仁王立ちする。
乃部が楽しそうに小さく拍手をしていたのをきっかけに、俺はろきぴの布教を始めたのであった。
「まず、ろきぴは中学生VTuberなんです。同年代だから配信を見始めたんですよね。そしたらめちゃんこ俺好みのビジュアルが出てきて、即チャンネル登録してました」
ぐっと親指を立てれば、今路が「直感、だいじ」と頷いていた。それに励まされて言葉を続ける。
「配信内容は雑談メインですかね。テスト前は配信お休みするんですけど、きちんとこっちの活動と学校生活を両立しようっていう真面目なところが好感高いです。ろきぴが勉強がんばってるから、俺もテストがんばるかーみたいに、離れてても励まされるものがあるんですよ!」
「ファンタスティック! 会えない時間が愛を育てるって、定番だけど鉄板だよねぇ!」
乃部がぎゅっと両手を組んで、夢見る乙女なポーズを取っている。
別に俺は、ろきぴに恋しているわけではないのだが……。
「さっき、好みのビジュって言いましたけど、見た目が可愛い女子キャラだから好きなわけじゃないんです。あいさつは可愛らしい感じにろきろき〜って言ってますけど、普段の喋りはちょっと中性的なところもあって、ぶりっこしてないところもいいんですよね。ボイスチェンジャー使ってるから、ぶっちゃけ中の人は男かもって思うこともありますけど……ま、正直どっちでもいいです」
「えっ」
そこで声を出したのは寒川副部長だった。
びっくりして語りを止めると、寒川副部長はちょっと気まずそうに周りを見て、それから俺に向き直る。
「……話の腰を追って悪い。その……ろきぴが男か女か、というのは、紙谷くんにとってさほど重要じゃない、のか?」
「……? ええ。俺はろきぴの話してる内容とか、性格とかが好きなんで。推しといっても付き合いたいとか、アイドルに対する憧れみたいなものとは違いますね。次元が違っても繋がってる気がして――それに励まされるし、こうして宿題のヒントもくれるし。なんつーか……尊敬してます、はい」
そこまで自分で言って、すとんと腑に落ちた。
俺、ろきぴを尊敬してるんだ。
「……なるほどな」
寒川副部長が感心したように息をつく。
一生懸命、俺の喋った内容を理解しようと頭をフル回転させてるみたいだ。
「すみません、寒川副部長はVTuberとかよくわかんないっすよね」
「いや、知識はある。だけど、こうして実際に推している人の感想を聞くのが初めてだったから新鮮だった。すごくためになった」
ありがとう、と律儀にもお礼を言ってくる寒川副部長に、どうにも照れくさくなってしまう。
「や、こっちこそめちゃくちゃな推し語りなのに、めっちゃ真剣に聞いてくれて、申し訳ないっつーかありがたいっつーか……」
ぽりぽりと後頭部を掻きながら顔を伏せてしまう。
お礼を言いたいのに、なんだか言い訳がましくなってしまうのはどうしてだろう。
「いや、それだけ紙谷くんが熱中している証拠だろ。他人のためにそれだけ熱くなれるのは、とても素晴らしいことだと思う」
そうはっきり言い放った寒川副部長の目は――まっすぐ俺を見つめていた。
「……そ、そっすか。ども」
ぺこりと頭を下げた。だめだ、顔を上げられない。
どんな顔をすればいいか、よくわからないんだ。
「そーれだあっ!」
突然、本多部長が右手を大きく上げて立ち上がった。
今まで沈黙を貫いてきた本多部長の奇行に、俺はもちろん、他のメンバーもびっくりしたらしい。
ロマンが寄りかかっていた背もたれからずり落ちて、今路は起きあがりこぼしみたいにころりんと転がった。
「うっわあ、どうしたの司部長」
「サプライズ……心臓に、悪い」
「あっはは、すまんすまん。だが、紙谷くんっ」
びしっと本多部長は俺を指さした。
「司、人を指さすな」
すかさず寒川副部長が手を下ろさせる。
なんかしまらないよなあ、この先輩たち。
「いいか、紙谷くん。読書感想文は――推し語りだ!」



