「こ、こんにちはー……」
放課後。軽いノックをしてから図書室のドアを開ける。
ドアには「図書室では静かに」と「飲食禁止」と貼り紙があった。
この間も貼ってあったはずだけど、全然気づかなかった。
緊張してたんだなあ、俺。
「……ん? 飲食禁止?」
当たり前だ。学校の図書室に限らず、地元の図書館だってそうだろう。
だけど、俺の記憶が正しいなら……あの時、本多部長の周りに置かれていたのはティーセットだった。
「……ヤバくね?」
先生や司書さんにバレたらどうするんだろう。
もし本を汚して弁償なんてことになったら、このクラブだって廃部だ。
いやいやいや、いくら本多部長だってそこまでバカじゃ……。
「よーう、新入部員の紙谷くん! ご機嫌麗しゅう。さ、一杯いかがかな?」
……前言撤回。
バカだった。
カウンターに置かれていたのはティーセット……ならぬケーキスタンドだ。
オシャレ女子がアフタヌーンティーとかで使う、あの三段重ねの銀のトレイ。
そこに乗せられているのは、スコーンにケーキにサンドイッチに……ってまんまヌン活じゃねえか! 女子か!
「な、なにしてるんですか! 飲食禁止って書いてあるのに、部長みずからルール破っていいんですか!」
ばん、とカウンターを叩く。その勢いで置かれていたカップが揺れた。
「おいおい、早とちりがすぎるぜ。よーく見たまえ」
本多部長がティーカップをつまんで俺の前にかざす。
そしてゆっくりと――傾けた。
「う、わ」
こぼれる。
とっさに手で紅茶を受け止めようとしたのだけど――。
「……あれ」
一滴も落ちてこなかった。
ぱちぱちと瞬きを繰り返す。
すると本多部長はカップを伏せたまま俺の手に置いた。
「よく見てみな」
そっと持ち手をつまんで下から覗き込む。ティーカップの中で紅茶が固まっていた。
「これ……プラスチック?」
「あったりー」
ひゅう、と口笛を吹いた本多部長は、カウンターに置かれたケーキスタンドに手を伸ばす。
そこからショートケーキを掴んだものの、ケーキは少しも形を歪めなかった。
「フェイクスイーツだよ」
ぽん、と手渡されたケーキはちっとも柔らかくないし、苺の甘い香りなんてしなかった。
改めてまじまじと見てみれば、継ぎ目はあるし塗りムラもある。100円ショップで売っていそうなオモチャだった。
カップとケーキをケーキスタンドに戻してから頭を下げる。
「……すみません、大声出して」
「はは、気にしてないさ。普通びっくりするよなあ」
「むしろ、謝るのは司のほうだな」
そこで寒川副部長の冷静なツッコミが入った。窓辺にいるから、逆光で漫画の眼鏡キャラみたいにきらりと光っている。
「ま、今回ばかりは博規が正しいか。そうだな。ごめんな、驚かせて」
そこで本多部長がぺこりと頭を下げた。
俺よりも深く頭を下げてくれるなんて思わなくて、逆にいたたまれない。
「や、あの、頭上げてくださいよ。びっくりしただけなんで……それに、フェイクスイーツなら本を汚したりしないから、ただのインテリアみたいなものですし」
わたわたと慌てながら本多部長に語りかける。
すると、ゆっくりと姿勢を戻した本多部長の顔は――にんまりと、笑っていた。
「いいね。ますます欲しくなる逸材だ」
「は……?」
「さあてっ、昨日の今日でその本を携えてここに来たってことは、返却じゃないんだろう? 何か困ったことがあるんじゃないか?」
「あ、はい。感想文書くために、一応最後まで読んだんですけど……どう書けばいいかわからなくて」
「ほう!」
きらーん、と本多部長の瞳が光った。そのまま手首を掴まれて、読書コーナーのソファに連れていかれる。
流れで座り込んだ俺の真正面に、本多部長も座る。テーブルを挟んで前のめりになった本多部長に、こっちはたじろいでそっくり返った。
「な、なんですか」
「ふっふっふ」
何やら不気味に笑った本多部長は、テーブルの端に置かれていた小さなベルを手に取った。
リィン、と小さく澄んだ音色。
静かな図書室には響きすぎやしないだろうかと思ったが、本に吸収されているのか、うるさくは感じなかった。
「ハロー、文くん。また会ったね」
「……ええと、紙谷、文だ。覚えた……」
「うおっ」
それぞれ違う本棚から顔を出したのは、乃部ロマンと今路玲王だ。
「ふ、ふたりともいたのか」
「そりゃあ、ビブリオ倶楽部の一員だしね」
「倶楽部でなくても……いる。ここにはたくさん、絵や写真があるから……」
ぱちん、とウィンクを決めた乃部と、静かに微笑む今路。
乃部はソファの背もたれに寄りかかっているし、今路は、背もたれを掴みながらしゃがみこんだ。顔の上半分だけ見せた今路に笑ってしまう。
「……? ぼく、面白い?」
「あー、いや、笑って悪い。変な意味じゃないから」
「……そう」
なんとも間の抜けたやりとりをしていると、ぱんと乾いた音にはっとした。
俺たちのソファ席を見下ろすように、寒川副部長が立っている。今の音は寒川副部長が手を叩いた音だったのか。
「さて、部長の招集がかかったわけだが?」
寒川副部長がちらりとベルを見る。これが部員招集の合図ってことなのだろうか。
本多部長がすっと背筋を伸ばして座り直す。
その仕草から伝わる緊張感に、俺も慌てて背筋を伸ばした。
「さて、諸君。悩みを抱える生徒が図書館に救いを求めてやってきた。ビブリオ倶楽部の名にかけて、ぱらりと解決しようじゃないか」
本多部長の意気揚々とした宣言が、はじまりの合図だった。
「オーケー! ページをめくる手が止まらなくなるくらいドラマチックにね」
乃部ロマンが胸に手を当て、ウィンクを飛ばす。
「……解決の糸口は、ほんの一瞬。ファインダーに、しっかりおさめる」
今路玲王が指で輪っかを作って、眠そうな瞳にあてがう。
「最終的には相談者自身の努力が重要だ。紙谷くん、そこは承知しているな」
寒川副部長がくいっとメガネの位置を直した。
「は、はい」
なにかが始まりそうな雰囲気にドキドキしながらこくりと頷く。
俺の真正面で、本多部長がニッと不敵に笑った。
「ビブリオ倶楽部におまかせあれ、だな」
放課後。軽いノックをしてから図書室のドアを開ける。
ドアには「図書室では静かに」と「飲食禁止」と貼り紙があった。
この間も貼ってあったはずだけど、全然気づかなかった。
緊張してたんだなあ、俺。
「……ん? 飲食禁止?」
当たり前だ。学校の図書室に限らず、地元の図書館だってそうだろう。
だけど、俺の記憶が正しいなら……あの時、本多部長の周りに置かれていたのはティーセットだった。
「……ヤバくね?」
先生や司書さんにバレたらどうするんだろう。
もし本を汚して弁償なんてことになったら、このクラブだって廃部だ。
いやいやいや、いくら本多部長だってそこまでバカじゃ……。
「よーう、新入部員の紙谷くん! ご機嫌麗しゅう。さ、一杯いかがかな?」
……前言撤回。
バカだった。
カウンターに置かれていたのはティーセット……ならぬケーキスタンドだ。
オシャレ女子がアフタヌーンティーとかで使う、あの三段重ねの銀のトレイ。
そこに乗せられているのは、スコーンにケーキにサンドイッチに……ってまんまヌン活じゃねえか! 女子か!
「な、なにしてるんですか! 飲食禁止って書いてあるのに、部長みずからルール破っていいんですか!」
ばん、とカウンターを叩く。その勢いで置かれていたカップが揺れた。
「おいおい、早とちりがすぎるぜ。よーく見たまえ」
本多部長がティーカップをつまんで俺の前にかざす。
そしてゆっくりと――傾けた。
「う、わ」
こぼれる。
とっさに手で紅茶を受け止めようとしたのだけど――。
「……あれ」
一滴も落ちてこなかった。
ぱちぱちと瞬きを繰り返す。
すると本多部長はカップを伏せたまま俺の手に置いた。
「よく見てみな」
そっと持ち手をつまんで下から覗き込む。ティーカップの中で紅茶が固まっていた。
「これ……プラスチック?」
「あったりー」
ひゅう、と口笛を吹いた本多部長は、カウンターに置かれたケーキスタンドに手を伸ばす。
そこからショートケーキを掴んだものの、ケーキは少しも形を歪めなかった。
「フェイクスイーツだよ」
ぽん、と手渡されたケーキはちっとも柔らかくないし、苺の甘い香りなんてしなかった。
改めてまじまじと見てみれば、継ぎ目はあるし塗りムラもある。100円ショップで売っていそうなオモチャだった。
カップとケーキをケーキスタンドに戻してから頭を下げる。
「……すみません、大声出して」
「はは、気にしてないさ。普通びっくりするよなあ」
「むしろ、謝るのは司のほうだな」
そこで寒川副部長の冷静なツッコミが入った。窓辺にいるから、逆光で漫画の眼鏡キャラみたいにきらりと光っている。
「ま、今回ばかりは博規が正しいか。そうだな。ごめんな、驚かせて」
そこで本多部長がぺこりと頭を下げた。
俺よりも深く頭を下げてくれるなんて思わなくて、逆にいたたまれない。
「や、あの、頭上げてくださいよ。びっくりしただけなんで……それに、フェイクスイーツなら本を汚したりしないから、ただのインテリアみたいなものですし」
わたわたと慌てながら本多部長に語りかける。
すると、ゆっくりと姿勢を戻した本多部長の顔は――にんまりと、笑っていた。
「いいね。ますます欲しくなる逸材だ」
「は……?」
「さあてっ、昨日の今日でその本を携えてここに来たってことは、返却じゃないんだろう? 何か困ったことがあるんじゃないか?」
「あ、はい。感想文書くために、一応最後まで読んだんですけど……どう書けばいいかわからなくて」
「ほう!」
きらーん、と本多部長の瞳が光った。そのまま手首を掴まれて、読書コーナーのソファに連れていかれる。
流れで座り込んだ俺の真正面に、本多部長も座る。テーブルを挟んで前のめりになった本多部長に、こっちはたじろいでそっくり返った。
「な、なんですか」
「ふっふっふ」
何やら不気味に笑った本多部長は、テーブルの端に置かれていた小さなベルを手に取った。
リィン、と小さく澄んだ音色。
静かな図書室には響きすぎやしないだろうかと思ったが、本に吸収されているのか、うるさくは感じなかった。
「ハロー、文くん。また会ったね」
「……ええと、紙谷、文だ。覚えた……」
「うおっ」
それぞれ違う本棚から顔を出したのは、乃部ロマンと今路玲王だ。
「ふ、ふたりともいたのか」
「そりゃあ、ビブリオ倶楽部の一員だしね」
「倶楽部でなくても……いる。ここにはたくさん、絵や写真があるから……」
ぱちん、とウィンクを決めた乃部と、静かに微笑む今路。
乃部はソファの背もたれに寄りかかっているし、今路は、背もたれを掴みながらしゃがみこんだ。顔の上半分だけ見せた今路に笑ってしまう。
「……? ぼく、面白い?」
「あー、いや、笑って悪い。変な意味じゃないから」
「……そう」
なんとも間の抜けたやりとりをしていると、ぱんと乾いた音にはっとした。
俺たちのソファ席を見下ろすように、寒川副部長が立っている。今の音は寒川副部長が手を叩いた音だったのか。
「さて、部長の招集がかかったわけだが?」
寒川副部長がちらりとベルを見る。これが部員招集の合図ってことなのだろうか。
本多部長がすっと背筋を伸ばして座り直す。
その仕草から伝わる緊張感に、俺も慌てて背筋を伸ばした。
「さて、諸君。悩みを抱える生徒が図書館に救いを求めてやってきた。ビブリオ倶楽部の名にかけて、ぱらりと解決しようじゃないか」
本多部長の意気揚々とした宣言が、はじまりの合図だった。
「オーケー! ページをめくる手が止まらなくなるくらいドラマチックにね」
乃部ロマンが胸に手を当て、ウィンクを飛ばす。
「……解決の糸口は、ほんの一瞬。ファインダーに、しっかりおさめる」
今路玲王が指で輪っかを作って、眠そうな瞳にあてがう。
「最終的には相談者自身の努力が重要だ。紙谷くん、そこは承知しているな」
寒川副部長がくいっとメガネの位置を直した。
「は、はい」
なにかが始まりそうな雰囲気にドキドキしながらこくりと頷く。
俺の真正面で、本多部長がニッと不敵に笑った。
「ビブリオ倶楽部におまかせあれ、だな」



