ビブリオ俱楽部におまかせ!

 涙の卒業配信の翌日、図書室にやってきた俺を出迎えたのは乃部の熱烈なハグだった。
 
「文くーん! 配信見たよっ! お手紙読まれて良かったねぇっ! コングラチュレーション!」
「お、おう……見てくれたのか、さんきゅ、なっ」
 
 乃部の全力ハグはなかなかに強い。
 その腕力とテンションの高さに俺の胸がドキドキしているのは、友情の厚さよりも物理的に圧迫されてるからだと思う。
 そこにそっと加わったのは今路だ。
 抱きつかずともぴたりと寄り添う距離の近さに、これまた違う意味でドキドキする。
 
「ぼくらにまでお礼を言われてる気持ちだった……良き感動。紙谷。ろきぴに出会わせてくれて、感謝」
「ど、どういたしまして?」
 
 お礼を言うと、今路は柔らかく微笑んだ。
 この微笑み、クラスで見せたら大騒ぎになると思うのに、もったいない。
 
「ほーらほらっ、紙谷次期部長がお困りだぞっと」
 
 リン、と涼しげなベルの音。
 本多部長による招集だ。
 自然とカウンターの周りに集まれば、本多部長はティーカップを傾けてウィンクをした。
 
「やあやあ、昨日はみんな、ろきぴの配信で盛り上がったみたいじゃないか。もちろん俺もチェックしたぞ! なあ、博規」
「あー……うん。まあ」
「寒川副部長まで見てくれたんですか! ありがとうございます」
 
 VTuberについてよく知らなさそうだった寒川副部長まで見てくれたなんて……嬉しさ半分、驚き半分だ。
 
「あれ?」
 
 まじまじと寒川副部長を見る。
 メガネのフレームでわかりにくいけど……まぶたが少し腫れぼったいように見えた。
 
 もしかして、ろきぴの配信でもらい泣きしちゃった?
 いやいや、いつも冷静な寒川副部長に限って、そんなことはないだろう。
 きっと真面目な副部長はいつも早く寝てるだろうから、配信で夜更かしさせちゃったせいかな。悪いことしたかも。
 わざわざみんなの前で指摘することでもないので、寒川副部長のちょっとした変化は俺の心にそっとしまっておくことにした。
 
「さて!」
 
 本多部長がティーカップをカウンターに置く。
 
「俺たちがフェードアウトという名の引退をするまでの間、紙谷くんには部長としての心得をみっっちり仕込んでおくとするかなっ」
「はああ?」
 
 いきなり何を言い出すんだ。
 まさか、この書棚のどこにどんな本があるのか、全部暗記しろとか言わないよな!?
 わかりやすくうろたえた俺に、本多部長は悪どい笑みを絶やさない。
 
「大丈夫、大丈夫。紙谷くんなら、ぱらりと解決できるさ。そのうち、な」
「そ、そのうちってなんなんですかー!」
「じゃあ、手始めにスイーツ探偵バニラのシリーズを全巻読破してもらおうかな」
 
 ぱちん、と指を鳴らした本多部長の合図で、乃部と今路が俺の前にどさりと本の山を置く。
 ざっと20冊はあるだろうか。
 ちなみに、持ってきた数は乃部が17冊、今路が3冊である。アンバランスすぎる。
 っていうか、スイーツ探偵バニラってこんなにシリーズが出ていたのか。すごいな。
 
「これが部長の心得ぇ!? ただの推し本の布教活動じゃないですか」
「部長の心得とは、まず本に愛着を持つことから始まるのだよ。さあて、どれから読むかい?」

 本多部長が本を扇状にばらりと広げる。ざっと表紙を眺めて、ある本をピックアップした。
 
「紙谷くん、アナグラムって知ってるかな?」
「へ? ああ、単語の文字を入れ替えて別の単語を作る……っていう言葉遊び……ですよね?」
「そうそう! 「使命(しめい)」が「名刺(めいし)」になるみたいなやつ。それがわかってるなら、この一冊をおすすめしよう」

 本多部長に渡されたのは『スイーツ探偵バニラ~カカオとおかかで大さわぎ!?~』だった。
 カカオとおかか……なるほど、確かにアナグラムだ。

「これが謎を解くカギになるんですか? ていうか、おすすめするならネタバレはしないでほしいんですけど……」

 むっと頬を膨らませた俺に、本多部長はいつものように明るく「ごめんなー」と謝る。
 その口調、あんまり悪いと思ってないやつだな。
 
「その本のネタバレじゃあないんだが……まあ、とっておきの謎を解くカギになる――とだけ言っておこうか」
「とっておき?」

 なんだそれ。
 この本の中身以外に、謎があるっていうのか?

「まあまあ、まずは読んでみてのお楽しみだぞ〜!」

 ふっふっふ、と意味ありげに笑った本多部長に、読書コーナーのソファに座らされる。
 両隣にはそれぞれお気に入りの本を持った乃部と今路も座り込んで、なんとはなしに読書タイムが始まってしまった。

 ぱらり、とページをめくって読み進める。
 ……うん、面白そうだ。

「文くん、あとで感想語りっこしよ?」
「ぼくも、参加希望」
「オッケー」

 他人のぬくもりを感じながら、それぞれ本の世界に没頭していく。
 本多部長がこの本を推してきた理由なんて忘れてしまうくらいに、俺はスイーツ探偵バニラと一緒になって、カカオとおかかの謎に立ち向かっていった。

 ……だから、よく聞こえていなかったのだ。
 少し離れた場所で、本多部長と寒川副部長が小声でおしゃべりをしている内容を。

「……まったく。わざとアナグラムの本なんて出して、司はあからさますぎだぞ」
「はっはー! だって楽しみじゃないか。このヒントから紙谷くんが真実に気づけるかどうか……どんなミステリーよりもわくわくしてこないか? 博規(ひろき)……いや、ろきぴちゃん?」
「ここではその名前で呼ぶなよ……「ひろき」をひっくり返して「ろきぴ」なんて、な」
「インコのペン、紙谷くんにあげたんだろ? お前の方が特大ヒントを出したようなものだぜ。ああ、俺らの卒業までに気づくかなあ……楽しみだ」

 ろきぴ、という名前が聞こえてきた気がして顔をあげる。
 カウンターの奥で、寒川副部長が素早くメガネをかけ直した。
 俺の視線に気づいた本多部長が企み顔で、にひひと笑う。
 それに顔をしかめていると、ずしんと二の腕に体重がのしかかってきた。
 
「うわっと……おいおい」
 
 右に乃部、左に今路。
 楽しい読書タイムどころか、居眠りタイムを満喫中のふたりが、俺に頭をもたせかけて寝息をたてていた。
 
「あーあ……感想語りっこするんじゃなかったのかよ」
 
 この調子では、いつになったら読み終わるのかはわからない。
 でも――この謎は、ぱらりと解決しなくてもいいかな、と思った。