ビブリオ俱楽部におまかせ!

「はっはー! 夕焼け、仲間の応援、疾走! 絵に描いたような青春の1ページじゃないかっ!」
「ん〜、このひとつまみ分のセンチメンタルさがいい味出してて、とってもブリリアント! 普段クールな文くんがアツくなるからこそ、盛り上がるよねぇ」
「夕焼けに染まる紙谷の背中……撮っておけば良かった。でも、思い出の中だけの儚き一瞬も、いとエモし」
「あー……お前ら、青春に浸ってるところ悪いんだが、たぶん紙谷くんはすぐここに帰ってくるぞ」
「えっ、なんで!?」

「…………荷物、全部置きっぱなしで帰れるわけないじゃないですか」

 図書室のある階をぐるりと一周して帰ってきた俺を見て、寒川副部長以外は「あっ」と言って固まった。
 俺がちらちらと後ろを振り向いていたのは、名残惜しかったからではない。
 俺の荷物はどうするんだという、ごく現実的なツッコミの表れだった。
 それに気がついていたのは寒川副部長だけだったとは……予想通りではあるけれど。
 そこに、もうじき閉校時間になることを知らせるチャイムが響いた。
 
「あっ、早く鍵閉めて出ないと! 時間までに校門の外に出ないとペナルティポイントが貯まっちまうぞ」
「うわわ、急げ急げ」

 みんなが慌てて帰り支度をする中、俺も机に出しっぱなしのペンケースやメモをリュックにしまっていく。
 
「ペナルティポイントが貯まるとどうなるんですか?」
「一定数貯まると、活動停止。部室も使用禁止」
「うわ」
 
 結構厳しい。まあ、先生たちの見回りも大変だろうしなあ。
 大会前の運動部は活動停止したらダメージが大きそうだけど、ビブリオ倶楽部ならそうでもないかな。本ならどこででも読めるし。
 
「ちなみに、活動停止した部の部長は反省文の提出が義務づけられている。しかも原稿用紙3枚分」
「1秒でも早く帰りましょうか!!」
 
 光の速さでリュックのファスナーを閉めた。
 残像が残るレベルの速さでドアを開けると、言い出した本多部長が笑っている。
 
「冗談だよ、冗談」
「……本当に?」
 
 ジト目で本多部長をじっと見つめる。
 この人、笑顔でろくでもないことを言い出す実績がありすぎて信用できない。
 
「ほんとにほんと。原稿用紙1枚だけだって」
「反省文自体を冗談にして欲しかった……!」
 
 そんなコントみたいなやりとりをしているうちに、全員の支度が終わって本多部長は鍵をかけた。
 
「鍵の保管は隣の国語科準備室な」
 
 本多部長に手招きされて、準備室の壁に備えつけてあるキーボックスに鍵をしまった。
 
「よし。これで完了だ。オッケー?」
「オッケーです。ありがとうございました」
 
 ぺこりと軽く頭を下げる。
 本多部長の口元は、いつものようににんまりと緩んでいた。
 
「……なんです?」
「いや……ペナルティは気にしてくれるし、鍵の保管場所も覚えてくれるし、もう紙谷くんは部長の自覚があるんだなって。頼もしいよ」
「な……! だ、だって、本多部長が言ったんじゃないですか、俺が次期部長だって!」
 
 すっかり本多部長のペースに流されて、部長の引き継ぎをしてるつもりになっていた。
 そうだった、別に強制じゃないんだから、部長は断っても良かったんだ。
 それをうっかり敷かれたレールにそのまま乗っかっている自分に気づいて赤くなる。
 流されやすいぞ、俺……!

「なんだ、照れてるのかー? 紙谷部長っ」
 
 つん、とほっぺたをつつかれる。
 ああ、本多部長を調子に乗らせたらめんどくさいんだった。
 キツツキみたいにつついてくる人差し指から逃げようと、首をあっちこっちに動かしまくる。
 
「照れてませんっ。それに、今は本多部長が部長でしょ」
「それはそれ、これはこれだぞ」
「屁理屈……!」
「おーい、鍵置いたなら早く帰るぞ」
 
 天の助けだ! 寒川副部長が呼んでいる。
 
「今行きますっ」
「ったく、博規は空気が読めないなあ。せっかく期待の次期部長で遊んでいたというのに」
 
 ……おいおい、本音が隠せていませんよ。
 つーか俺で遊ぶな。
 
「ふうん。部長自ら反省文の見本を書き上げようというわけか。司がそんなにも後輩の育成に熱心だとは、知らなかったぞ」
「んなわけあるかっ! おい、みんな、急げ急げ」
 
 一瞬で真面目モードに切り替わった本多部長に追い立てられて、みんなでおしくらまんじゅうみたいに固まって、こけつまろびつ校舎を出る。
 さすがは寒川副部長。本多部長の操縦はお手の物だ。
 校門には同じく活動を終えたいろんな部が殺到していた。
 どの集団でもやけに切羽詰まっているのがその部の部長なんだろうな、と察しがつく。
 
 うーん、部長って大変だ。
 俺に勤まるんだろうか?
 
「文くんっ」
「おつかれ」
「わっ」
 
 気づけば両隣は乃部と今路に挟まれていた。
 
「大丈夫だよ、文くんなら」
「ん。反省文なら当番制にすればオッケー」
「いや、反省文書くこと前提なの?」
 
 先輩たちが引退してもいないのに、先行きが不安すぎる。
 
「あっはは、それは冗談だけど……」
 
 ぽり、と乃部が照れくさそうに頬を掻く。
 
「当番制、アリだとは思うよ。部長としてのいろんなこと、全部を文くんに押しつけるつもりはないしねぇ」
「重い荷物、分担すれば一人あたりは朝飯前」
 
 今路がぐっと腕を曲げて腕自慢のアピールをしてきた。
 今路は小柄で薄くて、力こぶなんてできなさそうだけど、ふしぎと心強い。
 
「……頼りにしてるぜ、部長その2とその3」
 
 ぽん、と両脇に腕を回して肩を組む。
 俺って、こういうスキンシップを自分から取るほうじゃなかったけど……なんだかそういう気分になったのだ。
 
「……ふ、文くん?」
「紙谷、デレた」
「な、なんだよ。嫌なら離れろよ」
 
 ぱっと腕を上げて2、3歩後ろに下がる。
 だけど、こいつらはそんな俺を追っかけてしがみついてきたのだ。
 
「なんだろう、この一匹狼なネコちゃんが膝に乗ってきたみたいなこの感覚ぅ!」
「紙谷のデレ記念日。来年からは今日を祝日にすべし」
「はああ!?」
 
 なんだそれ。
 つーか、俺はいつからツンデレネコ扱いされてたんだ!?
 
「あっ、俺ねぇ、『部長その2』よりも『部長(仮)』のほうがいいなあ」
「ぼく、『部長(影)』を希望する。表舞台には立たずとも、裏で糸引く闇のリーダー……カッコイイ」
「あはは、玲王ったら厨二病? じゃあ文くんのも考えてあげないと。ミステリアスな感じ? それともパワフル?」
「いや、俺は普通にただの部長で」
 
 まずい。妙なテンションの矛先が俺に変わってきた。このままじゃとんでもないあだ名をつけられてしまう。
 
「だめだめ。真の部長なんだから、こう、正々堂々とした感じがいいよね」
「ん。カッコにおさまらない感じの、溢れ出る光のリーダーらしさを出したい」
「じゃあもう『部長(真)』でいいだろ……」
 
 両脇から言いたい放題のふたりを引きずりながら歩き出す。
 
「おーい、後輩たち。紙谷次期部長(真)はろきぴに手紙を送るんだから、その辺にしておいてやれ」
 
 変なあだ名がもう浸透している……!
 どれだけ地獄耳なんだ、本多部長。

 はーい、ときれいなユニゾンを奏でる部長(仮)と部長(影)をなんとか引き剥がす。
 寒川副部長の姿が見えなくて聞いてみれば「用事があるから先に帰った」らしい。
 コントみたいにずっこけそうになった。
 
 そんなのありですか。
 この状況で帰れるあなたがうらやましい。
 クールな寒川副部長らしいけれども!
 副部長……あなたのようなスルースキルを身につけるには、俺はまだまだ未熟なようです。