ビブリオ俱楽部におまかせ!

「書けた…………!」
 
 閉門時刻が迫りくる図書室で、俺はペンを置いた。そのままの勢いで机にどっと突っ伏す。
 
「書けたか? 書けたのか? 書けたんだな!?」
 
 消耗しきった俺の肩を掴んで揺さぶってくるのは本多部長。
 夕方にも関わらず元気すぎる声が耳元でうわんうわんと響いて、俺の残り少ないライフはゼロになりそうだ。

「大体は、書けました……たぶん」
 
 下書きのメモをつまんでひらりと持ち上げれば、本多部長は「読んでいいのか?」と聞いてきた。
 
「いいですよ。俺だけの力で書き上げたわけじゃないですし」
「そうそう! いわば俺たちの合作! 初めての共同作業だよねぇ〜!」
「あのなあ乃部、結婚式のケーキ入刀じゃないんだから」
「ちっちっち。副部長、それは野暮ってもの」
「今路まで……」
 
 頭の上で部長たちが、やんややんやと言いたいことを言いまくっている。
 だけど、結局ろきぴへの手紙を書けたのは、部長たちがアイディアを出してくれたおかげなのだ。
 だから、このくらいは海のように広い心で聞き流すべきだろう。
 
 ……集中力が途切れた反動で疲れ切っているから、いちいち反応しているだけの体力がない、というのが本音だけれど。
 
 ふむふむと頭を突き合わせてメモを読んでいたうちのひとり、乃部が「あっ」と声を上げた。
 
「ここ、俺が書いた文章だぁ!『ろきぴ、キミの配信に出会えたおかげで僕の学校生活は、モノクロから一気にカラフルな世界へと生まれ変わりました。まさにそれはアメイジング・グレイス! 驚くほどの愛を与えてくれたろきぴに、心からの感謝を伝えたいと思います』わあいっ、ここ、俺の力作なんだよねぇ」
 
 チョコレートに蜂蜜をかけて、その上砂糖漬けにしたものをフリル満載のラッピングで包んだくらい、どろどろに甘くてデコりすぎな文章。これは、本人の申告通り、乃部の案だ。
 読んだ時はあまりにこっ恥ずかしくて、とても書ける気がしなかった。
 けれど、これはろきぴへ送る、最初で最後の手紙だ。
 インパクトをてんこ盛りにしてろきぴの印象に残るためには、このくらい盛ったほうがいいのかも――と思い直して加えることにしたのだ。
 
 ……魔が差した、と言えるかもしれないけれど。
 
「『ろきぴのビジュ、とってもラブリー。出会いを思い返せば、まさにひとめぼれでした。ろきぴがオカメインコを乗せてたから、ついついインコグッズに目が向く毎日。概念グッズ、これからも使い続けます』……これ、ぼくの考えた文だ。紙谷。採用してくれて、ありがと」
 
 一文を読んだ今路がくすぐったそうに笑う。
 絵や写真をこよなく愛する今路は、思い出の一場面を切り取って表現するのが得意みたいだ。
 初めて配信を見たあの日の思い出が蘇って、ちょっとうるっときたのはここだけの話である。
 
「『ろきぴが推し本を紹介してくれたおかげで、いろんな本を読むきっかけができました。『はじけろ!デコボコパーツ』はろきぴに紹介してもらった通り、とってもわくわくする本で、あっという間に読み終わってしまいました。ろきぴの配信は、読書感想文に行き詰まっていた僕を救ってくれました。本当にありがとう』……うん。改めて自分の文を声に出して読むのも、なかなか恥ずかしいな……」
 
 口元を隠してそっぽを向いてしまったのは寒川副部長。この中では、一番過不足なく俺の気持ちを汲み取ってくれた、パーフェクトな一文だ。
 寒川副部長が返してくれたメモを受け取り、改めて眺める。
 もちろんこれは下書きの寄せ集め。文章のパッチワークだ。
 ここから自分なりの文に整えて、更に俺の気持ちももう一度練り直して加えてから送信する。
 ここでそれを書かなかったのは、やっぱり自分の手で仕上げたいというプライドがあるから。
 
 決して閉校時間に間に合わなかったわけではない。
 断じて。
 ……たぶん。
 
「……あれ、そういえば、司部長は文章のアイディアを出さなかったんですかぁ?」
 
 乃部の問いかけに、カウンターの奥からふっふっふと不気味な笑い声が響いてきた。
 
「よくぞ聞いてくれたな、ロマンくんよ」
「えっ、なんですか。怖い」
 
 ぎくりと乃部が俺の背中に身を隠す。
 お前の方が背が高いから、あまり意味がないというのは、言わないでおこう。
 
「俺は部長だろう?いわば総監督、演出担当だ」
「はあ」
 
 ちょっと待て。珍しく大人しくしていたかと思ったら、こういうオチが待っているのか!?
 っていうか、いつ本多部長は総監督になったんだ?
 
「紙谷くん」
「は、はい」
 
 カウンターから出てきた本多部長が俺の前に立つ。
 ぴんと伸びた背筋に、まっすぐなまなざし。
 普段、緩みっぱなしの口元はきゅっと閉じられて、なんだか別人みたいだ。
 真面目な雰囲気につられて、俺まで立ち上がって気をつけの姿勢で本多部長に向き直った。
 
「これがろきぴと繋がる、最初で最後の手紙なんだろう?」
「はい」
「調べたところ、メールフォームの上限文字数は1000字。どんなめちゃくちゃな文を書こうが、文豪みたいな文を書こうが、その文字数までしか伝えられない。だったら――」
 
 ごくり、と息を呑む。
 ばん、と本多部長の手が、肩に乗せられた。
 
「後悔しないように、楽しんで書いてこいっ!」
 
 そのままぐるんと体を半回転させられて、背中を押される。
 
「うわあっ」
 
 ととと、と勢いをつけて踏み出した足は止まらないまま、ドアノブに手がかかる。
 ガチャ、と音を立ててドアが開いた。
 夕焼け色の光が廊下を真っ赤に染め上げている。
 まるで、レッドカーペットみたいだ。
 
「え、えっと……?」
 
 くるりと振り向くと、仁王立ちした本多部長がくわっと口を開いた。
 
「振り向くな! 紙谷くんのオンリーワンな思いを、全部ろきぴに届けてやれっ!」
 
 その後ろでぴょんぴょん跳ねる乃部と、そのまた後ろでちらりと顔を見せた今路が無言でピースサインをしていた。
 
「がんばれ、文くん!」
「紙谷……ファイト」
「お、おう? ありがと、な?」
 
 なんだかここでUターンするのも妙な気分だったので、とりあえずそのまま図書室を飛び出した。