「ってなわけで……」
おっほんとわざとらしい咳払いをした本多部長が、ほぼ白紙状態の手紙をひらりと抜き取った。
「あ!」
「うーん、清々しいまでに白いな」
当たり前だ。本多部長がひらひらと揺らすその紙には、冒頭の「ろきぴへ」しか書かれていないのだから。
「悪かったですね、どうせ俺には文才がないんですよ」
口を尖らせてそっぽを向けば、本多部長は「違う違う」と大袈裟に首を横に振った。
「逆だよ。この余白の分だけ、紙谷くんには伸びしろがあるってことさ」
「……え?」
「書きたい思いは溢れている。だけどどうしたらいいかわからない――そうだろ?」
「ええ……まあ」
見透かされているみたいでドキッとする。だから、ちょっと顔を伏せて頷いた。
「なら、書き方さえわかれば、紙谷くんの思いで、この余白がぜーんぶ! ろきぴへ届く手紙になるんだ。これって可能性に満ちているだろう?」
ぶわっと両手を大きく広げた本多部長が、まるで空飛ぶ鳥のモノマネをしているかのように腕を伸ばして空をかく。
その腕の分だけ可能性が広がっているように見えて、その途方もない果てしなさにくらりとした。
……本多部長のこのポジティブさは、どこから来るんだろうか。
「なあ、紙谷次期部長」
「いや、まだそれ認めてないんで……」
「じゃあ新入部員の紙谷くん」
「……それならいいです」
「ろきぴと紙谷くんの中で、一番の思い出って何だ?」
「え? いや……俺はその他大勢ですから。コメントだってろくに送ったことないし」
「だーかーら。ろきぴは大勢の視聴者に向けて配信してるけど、それを受け取るのは個人個人だろう? 紙谷くんがろきぴの配信から受け取った思い出や感情は、紙谷くんだけのものさ。その中で、特に紙谷くんの心を揺り動かしたのは、どんなことだい?」
ろきぴには大勢のファンがいる。
配信があればコメント欄はいつもびっちり埋めつくされているし、その中には名前とアイコンが一致する常連だってたくさんいる。
俺は、いつも、ただ見ているだけだった。それで十分だった。
でも……ろきぴが卒業すると知って、居てもたってもいられなくなって、落ち込んで焦って――手紙を書くことにしたのだ。
ろきぴは俺のことなんて知らない。
それでも、ろきぴが俺の毎日を楽しくしてくれたのは事実だから。
それにお礼のひとつもいわずにただ最後まで黙って見送るのも、なんだかモヤモヤする。
そうだ、俺はろきぴに伝えたいことがある。
月並みなお礼だけじゃなくて、俺を変えた――今の、俺の居場所を作るきっかけをくれた――。
「ろきぴの、推し本」
そうだ。最初から答えはここにあった。
ろきぴに初めてコメントを送りたいと思わせてくれたのは、推し本語りだった。
読書感想文に悩んでいた俺に、推し本を紹介してくれたろきぴ。
あれからすべては始まったのだ。
ろきぴの推し本で感想文を書いて、コメントを送ろうと思いついた。初めて俺が自発的にやりたいと思ったことだ。
そうしたらこのビブリオ倶楽部に巻き込まれて、いろんなことがあったけど――。
「軸が、定まったみたいだな?」
本多部長が、にっと笑う。
俺も同じように、笑い返した。
「よっし! それならビブリオ俱楽部の本領発揮だ。我らが数々の読書で培った文字の力で、ろきぴを感動させるような手紙を考えてみよう!」
仁王立ちした本多部長が拳を突き上げる。
「おー!」
それに乗るのは今路と乃部の同学年コンビだ。
まぶたが眠そうなのは相変わらずな今路だけど、どことなくその瞳はきらきらしている。
「それってとってもエキサイティング! 文くんの恋のキューピッドができるってことだよねぇ? うっわー、超大役っ! 腕が鳴るぅ」
その場でくるくると回転した乃部は、ほっぺたを赤くしてはしゃいでいる。
……おい、ちょっと待て。俺が書くのはラブレターじゃないぞ?
「あ、あの、俺、みんなの文を丸パクリしようとか、そんなつもりはないからな?」
「わーかってるって! 俺たちが出すのはあくまでもアイディアだ。それをどう料理して盛り付けるかは紙谷くんの自由さ」
ウィンクを決めた本多部長が、ぴんと立てた人差し指を左右に振る。
「晴れてビブリオ俱楽部の一員になったんだ。いわばこれは、入部祝いと思ってくれていい」
「でも……」
それでも納得しきれない。
どうして、推しでもないろきぴのために、この人たちがこんなにも親切にしてくれるんだ?
「紙谷くん」
寒川副部長の声だった。
「前にも言ったが、紙谷くんはビブリオ俱楽部に新しい風をもたらしてくれた。そのきっかけになったろきぴにだって、結構感謝しているんだよ。だから――そう、ちょっとクサいかもしれないけど、友だちの友だちは、みんな友だちってやつかな」
「友だちの友だちは、みんな友だち……」
それは、読書感想文に詰まっていた俺が皮肉交じりに考えついた、ありきたりなフレーズだった。
その時は、道徳の教科書にでも載っていそうなきれいごとだと鼻で笑っていたけれど――。
どうしてだろう。寒川副部長から聞かされたこのフレーズは、じんと胸に染み入るように響いた。
「……じゃあ、ビブリオ俱楽部はみんなろきぴ推しってこと、ですかね」
「……そうだな」
寒川副部長が、かすかに微笑む。
ああやっぱり、副部長は隠れイケメン眼鏡男子だ。
「推しのためなら……まあ、助け合うのも当然ですかね」
「そうだろう!」
俺が納得するのを待ち侘びていた本多部長が、がばりと肩を組んできた。
「というわけで、ビブリオ俱楽部のラストミッションだ。新入部員も一丸となって、ぱらりと解決しようじゃないか」
本多部長が、手にしていたマフィンのオモチャを俺の口もとに押しつける。
それに歯を立てる真似をして、大きく頷いた。
「よろしくお願いします。本多部長」
おっほんとわざとらしい咳払いをした本多部長が、ほぼ白紙状態の手紙をひらりと抜き取った。
「あ!」
「うーん、清々しいまでに白いな」
当たり前だ。本多部長がひらひらと揺らすその紙には、冒頭の「ろきぴへ」しか書かれていないのだから。
「悪かったですね、どうせ俺には文才がないんですよ」
口を尖らせてそっぽを向けば、本多部長は「違う違う」と大袈裟に首を横に振った。
「逆だよ。この余白の分だけ、紙谷くんには伸びしろがあるってことさ」
「……え?」
「書きたい思いは溢れている。だけどどうしたらいいかわからない――そうだろ?」
「ええ……まあ」
見透かされているみたいでドキッとする。だから、ちょっと顔を伏せて頷いた。
「なら、書き方さえわかれば、紙谷くんの思いで、この余白がぜーんぶ! ろきぴへ届く手紙になるんだ。これって可能性に満ちているだろう?」
ぶわっと両手を大きく広げた本多部長が、まるで空飛ぶ鳥のモノマネをしているかのように腕を伸ばして空をかく。
その腕の分だけ可能性が広がっているように見えて、その途方もない果てしなさにくらりとした。
……本多部長のこのポジティブさは、どこから来るんだろうか。
「なあ、紙谷次期部長」
「いや、まだそれ認めてないんで……」
「じゃあ新入部員の紙谷くん」
「……それならいいです」
「ろきぴと紙谷くんの中で、一番の思い出って何だ?」
「え? いや……俺はその他大勢ですから。コメントだってろくに送ったことないし」
「だーかーら。ろきぴは大勢の視聴者に向けて配信してるけど、それを受け取るのは個人個人だろう? 紙谷くんがろきぴの配信から受け取った思い出や感情は、紙谷くんだけのものさ。その中で、特に紙谷くんの心を揺り動かしたのは、どんなことだい?」
ろきぴには大勢のファンがいる。
配信があればコメント欄はいつもびっちり埋めつくされているし、その中には名前とアイコンが一致する常連だってたくさんいる。
俺は、いつも、ただ見ているだけだった。それで十分だった。
でも……ろきぴが卒業すると知って、居てもたってもいられなくなって、落ち込んで焦って――手紙を書くことにしたのだ。
ろきぴは俺のことなんて知らない。
それでも、ろきぴが俺の毎日を楽しくしてくれたのは事実だから。
それにお礼のひとつもいわずにただ最後まで黙って見送るのも、なんだかモヤモヤする。
そうだ、俺はろきぴに伝えたいことがある。
月並みなお礼だけじゃなくて、俺を変えた――今の、俺の居場所を作るきっかけをくれた――。
「ろきぴの、推し本」
そうだ。最初から答えはここにあった。
ろきぴに初めてコメントを送りたいと思わせてくれたのは、推し本語りだった。
読書感想文に悩んでいた俺に、推し本を紹介してくれたろきぴ。
あれからすべては始まったのだ。
ろきぴの推し本で感想文を書いて、コメントを送ろうと思いついた。初めて俺が自発的にやりたいと思ったことだ。
そうしたらこのビブリオ倶楽部に巻き込まれて、いろんなことがあったけど――。
「軸が、定まったみたいだな?」
本多部長が、にっと笑う。
俺も同じように、笑い返した。
「よっし! それならビブリオ俱楽部の本領発揮だ。我らが数々の読書で培った文字の力で、ろきぴを感動させるような手紙を考えてみよう!」
仁王立ちした本多部長が拳を突き上げる。
「おー!」
それに乗るのは今路と乃部の同学年コンビだ。
まぶたが眠そうなのは相変わらずな今路だけど、どことなくその瞳はきらきらしている。
「それってとってもエキサイティング! 文くんの恋のキューピッドができるってことだよねぇ? うっわー、超大役っ! 腕が鳴るぅ」
その場でくるくると回転した乃部は、ほっぺたを赤くしてはしゃいでいる。
……おい、ちょっと待て。俺が書くのはラブレターじゃないぞ?
「あ、あの、俺、みんなの文を丸パクリしようとか、そんなつもりはないからな?」
「わーかってるって! 俺たちが出すのはあくまでもアイディアだ。それをどう料理して盛り付けるかは紙谷くんの自由さ」
ウィンクを決めた本多部長が、ぴんと立てた人差し指を左右に振る。
「晴れてビブリオ俱楽部の一員になったんだ。いわばこれは、入部祝いと思ってくれていい」
「でも……」
それでも納得しきれない。
どうして、推しでもないろきぴのために、この人たちがこんなにも親切にしてくれるんだ?
「紙谷くん」
寒川副部長の声だった。
「前にも言ったが、紙谷くんはビブリオ俱楽部に新しい風をもたらしてくれた。そのきっかけになったろきぴにだって、結構感謝しているんだよ。だから――そう、ちょっとクサいかもしれないけど、友だちの友だちは、みんな友だちってやつかな」
「友だちの友だちは、みんな友だち……」
それは、読書感想文に詰まっていた俺が皮肉交じりに考えついた、ありきたりなフレーズだった。
その時は、道徳の教科書にでも載っていそうなきれいごとだと鼻で笑っていたけれど――。
どうしてだろう。寒川副部長から聞かされたこのフレーズは、じんと胸に染み入るように響いた。
「……じゃあ、ビブリオ俱楽部はみんなろきぴ推しってこと、ですかね」
「……そうだな」
寒川副部長が、かすかに微笑む。
ああやっぱり、副部長は隠れイケメン眼鏡男子だ。
「推しのためなら……まあ、助け合うのも当然ですかね」
「そうだろう!」
俺が納得するのを待ち侘びていた本多部長が、がばりと肩を組んできた。
「というわけで、ビブリオ俱楽部のラストミッションだ。新入部員も一丸となって、ぱらりと解決しようじゃないか」
本多部長が、手にしていたマフィンのオモチャを俺の口もとに押しつける。
それに歯を立てる真似をして、大きく頷いた。
「よろしくお願いします。本多部長」



