ビブリオ俱楽部におまかせ!

「……あの、副部長」
「ん?」
「来年度から部員3人未満の部は廃部って聞きました。だからってわけじゃないんですけど……俺、正式にビブリオ倶楽部に入ろうかと思ってます。最初は読書感想文をどうにかしたかっただけなんですけど、いろんな本を読んだり、語ったり……読書って字を追って黙ってるだけの、つまんないものじゃないなって思えて。だから、お願いします」
 
 うろうろさせていた視線をきちんと定める。
 顔を上げて、寒川副部長を見た。
 
「俺を、ビブリオ倶楽部の部員にしてください!」
「よろこんでー!!」
「うおわあああ!!?」
 
 突然の背後からの襲撃。
 前ばかり見ていた俺の背中はガラ空きだった。
 
 ……いや、普通そうだよな!
 背中に目はついてないから!
 背中を向けたら即アウトなんて、そんな世紀末な世界で生きてないからな、俺!
 
「いやあ、ついに紙谷くんの口からその言葉が出て嬉しい! 実に嬉しいぞー!」
 
 そんな愉快な襲撃者は本多部長だった。
 まあそうだろうよ!
 
「コングラッチュレーション! ビブリオ倶楽部は文くんを歓迎するよ! ウエルカムウエルカムウエルカーム!」
 
 それに乗ってきたのは(こいつ、文字通り背中に乗ってきた)もちろん乃部だ。
 こんなに立て続けにウエルカムって言うやつ始めて見たし……ま、悪い気はしないけど。
 
「……紙谷」
 
 背中にのしかかられて潰されそうな俺が、それでもどうにか健気にがんばっていると、案の定、今路がワンテンポ遅れて顔を出した。
 
「おう、今路。助けて」
「入部、おめでと。ぼくも歓迎する」
「うん、ありがとう。それより早く助けて? 俺の背中はふたりも乗っけて平気なようにできてないんだけど」
 
 ふたりとは部長と乃部である。わりと細身なふたりとはいえ、これは普通に重い。
 
「……この構図、親ガメ子ガメ孫ガメ。ちょっと待って。記念にスケッチ、する」
 
 ごそごそとリュックからスケッチブックを取り出した今路が、鉛筆を縦にかざして遠近法やら何やらを確認している。
 
 おお、今路は絵も描くのか。そのやり方は本格的だな。
 ……じゃなくって!
 
「潰れるから! スケッチしてる間にぺしゃんこになるから! 部員の肖像が押し花みたいになってもいいのかっ」
「おっけー。じゃ、記念撮影に切り替える。タイパ重視」
「ちっともオッケーじゃねーから! タイパどころか俺に残された時間がカウントダウンされてるの!」
「だいじょぶ。カウントゼロになっても、またイチからやり直せばいい。終わりは始まり。破壊は再生の始まり」
「今そんな哲学的な話する必要ある!?」
 
 不毛なボケとツッコミを繰り広げている間にも、右に部長、左に乃部が乗っかってはしゃいでいる俺の背中は定員オーバーだ。

 そこに、すっと机を滑ってきた紙が一枚。
 
「……入部届?」
「ああ。これにサインするとあら不思議、背中のコリもほぐれて肩甲骨に羽が生えるぞ」
 
 逆光でメガネを白く光らせた、寒川副部長だった。
 まさかの副部長のボケ参戦に、さすがの俺も驚きを隠せない。
 
「副部長までボケに回られたら、ツッコミが俺しかいなくなるじゃないですか! バランス悪すぎですよ!」
「俺たちが卒業したらそうなることは確実だからな。いわばこれは予行練習だ。さあ、サインしろ。おんぶおばけに潰される前にな」

 そう言って、寒川副部長はペンを差し出してくる。
 インコがプリントされた、ろきぴの概念グッズ。

 こいつの初めての仕事が入部届けのサインだなんて……。
 やっぱりろきぴは、俺の運命なのかもしれない。

 こうして俺は、背中の重みと穴の開きそうな視線に耐えながら、真新しい入部届けにサインを終えたのであった。
 ちょっとよれて字がヘタになったのは、俺だけのせいではないと、ここに強く主張しておく。

「これで……紙谷くんも晴れてビブリオ倶楽部の一員だな!」

 するりと俺の背中から降りた本多部長が、入部届けを手に取り太陽にかざす。
 その瞳がうるうると輝いて見えて、なんだかものすごく徳を積んだ気がした。
 今ならソシャゲのガチャで、UR3枚抜きくらいの成果が出るかもしれない。
 そんなことを考えている俺に、本多部長は手を差し伸べてきた。
 握手だろうか。反射的に手を伸ばす。
 すると――。
 
 がしいっ!

 違った。
 熱い抱擁……という名の暑苦しいしがみつきが待っていた。
 そこに乃部が加わる。
 待て。本多部長だけならともかく、腕力強めな乃部に全力を出されたら俺の骨が危ない!
 給食の牛乳で培ったカルシウムよ、俺に骨力をくれ!
 俺が体じゅうのカルシウムを結集しているとは露知らず、ふたりはおしくらまんじゅうのように、ぎゅむぎゅむと俺にしがみつき続ける。
 
「良かった……ほんとに良かった!これでビブリオ倶楽部が潰れずに済む! これからは次期部長としてビシバシ指導していくからな、覚悟しとけよー!」
「えっ!? 次期部長? 俺、そんな大役無理ですよ、それに部長は今路か乃部がいるんじゃないですか!?」
「ファンタスティック、アメイジング、ワンダフルー! おめでとう、そしてありがとう! 今日は文くん部長、就任アニバーサリーだー!」
「めでたい。ぼくも乃部も人をまとめるの、向いてない。紙谷がやってくれるならみんなハッピー」
「そのみんな、に俺は入ってないよな? それになんかとんでもないこと聞こえたんだけど!? 俺に雑用推しつけようっつー魂胆か、お前ら!」
「あー、そのあたりはちゃんと紙谷くんをフォローするように言い聞かせておくから。心配するな」
「どっちにしろ俺が部長になるの決定事項じゃないですか! ちょっと、入部届け返してください! 今から『ただし部員として。部長にはなりません』ってコメ印つけて書き足しますから」
「残念でしたー。現部長である俺が受理した時点でもうこれは変更できませーん」
 
 てへぺろ、の顔文字そのままの表情で本多部長が笑う。
 さっきまで感動にうち震えていた、アオハルまっさかりの健気な横顔はどこかに消え、手に負えない生意気男子の顔になっていた。
 本多部長と乃部に囲まれて、ちょっと浮く体を、後から参戦してきた今路に抑えられる。
 寒川副部長は参加せずに、輪の外から見ているだけだ。
 くっ、なんという美味しいポジション……! 俺がそこを狙っていたというのに!
 
「くそー! お前ら覚えてろよー!」
「覚えてる覚えてるー!」
 
 あはは、と笑い合う声が図書室に響く。
 図書室ではお静かに、と張り紙があるのはわかっているけど……今日ばかりはちょっとだけ、見逃して欲しかった。

 みんなの輪に入るって……勇気がいるけど、でも1歩踏み出さなきゃ変わらない。
 当たり前すぎることだけど、自分ごとになって、初めて身に染みた。
 そう教えてくれた、ビブリオ倶楽部は……やっぱり俺にとって、特別、みたいだ。