……と、意気込んでみたのはいいものの。
「うおお、書けねえ……!」
俺は文字通り頭を抱えて、図書室の机で唸っていた。
このシチュエーション、何度目だ?
「誰の助けも借りずにやるって、言ったはいいけどハードル高い!」
漏れそうになる心の声を、なんとか小声で押し殺す。
ちらり、ちらり。
様子をうかがう乃部と今路の姿が、視界の端っこに見え隠れする。
アイディア出しを手伝おうか、と言ってくれたふたりの申し出を、俺は断った。
別に迷惑だからじゃない。すごくありがたいし、いいやつらだと思う。
これは、俺のちょっとした意地とプライドの問題なのだ。
読書感想文なら、助けて欲しいと泣きつけた。
朝読書の本探しだって、みんなの意見を聞くことになんのこだわりもなかった。
だけど――今回は、違う。
ろきぴへの思いを綴るのだ。
俺のハートを開けっぴろげに語るのだ。
それを周りに知られるのは、正直、すっげー恥ずかしい。
それに、これは俺とろきぴの間だけにとどめておきたい、シークレットなメモリアルでもある。
そして、何でもかんでもビブリオ倶楽部に助けてもらってばかりの自分が情けないから……というのもある。
これが実は結構デカイ。
この手紙というアイディアも、本多部長の発案だ。
そもそも今路にめちゃくちゃ心配かけて、ここまで連れてきてもらった負い目もある。
俺だって、やる時はやるのさ! と見せつけて認めてもらいたいのだ。
そこで、はたとペンが止まる。
いや、最初から止まってたけれども。
「……誰に?」
誰に、認めてもらいたいんだ?
なんのために、認められたいんだ?
問1はわかる。ビブリオ倶楽部に、だ。
でも問2は……。
俺、なんのためにビブリオ倶楽部に認められたいんだ?
「……あー、ちょっといいか」
「副部長」
長机の端っこをノックするようにコンコンと叩いてきたのは、寒川副部長だった。
「ひとりでやりきるっていう意気込みは素晴らしいんだが、一応ひとこと言っておく」
「なんですか?」
「手紙を書くと言っても、実用手紙例文集を丸写しにする必要はないからな」
「……し、しませんよっ」
たぶん、俺の隣に置いてある『手紙の書き方』という本を見たのだろう。
ちらっと読んだけど、こんな格調高い文章、書ける気がしない。俺には向いてない。
だからすぐに閉じて、自分の力で書こうとしたんだけど……この有様だ。
ハイレベルな例文を先に見てしまったせいで、自分との実力差にうちのめされている。
しまった、本のチョイス、ミスった……!
目の前の白紙には、「ろきぴへ」としか書いていない。ここから先が浮かばないのだ。
お元気ですか、なんて配信見てればわかるし、そもそも卒業する相手に今更そんなこと聞いてどうする? って疑問もある。
ああもう、俺ってやつはひとりじゃなんにもできないのかよっ!
拳を机に打ちつけたい気持ちを必死に押さえつける。
そんなことしたって変わらないし、癇癪起こすなんてガキみたいでみっともない。
頭ではわかっているのに、焦りと苛立ちで頭の中が沸騰しそうだ。
パキッ
「……あ!?」
急に手の中から力が抜ける。
シャーペンを握りしめすぎて、クリップが折れたのだ。
「うわ」
乾いた音を立てて転がったクリップをつまみ上げる。
「折れたのか。ケガは?」
「や、だいじょぶです。あーあ、気に入ってたんだけどなあ」
胸ポケットに留めるためのクリップが壊れただけだから、書くのには問題ない。
でもこのクリップには、オカメインコのイラストがプリントされている。俺のお気に入りなのだ。
そう、オカメインコを肩に乗せたろきぴを思わせる、いわば概念グッズである。
テストに宿題にと、ずっと共にしてきたペンの一部が欠けてしまうのは、なんだか寂しい。
まして、卒業間近なろきぴの概念グッズなら尚更だ。
「接着剤でくっつければ直るかな……」
家に帰ってから直そう、とポッキリ折れた破片をペンケースにしまっていると、寒川副部長は制服の胸ポケットから何かを取り出した。
「これ、やるよ」
「え!」
それは、ペンの軸部分にオカメインコがプリントされたシャーペンだった。
「え、そんな、悪いですよ。俺のシャーペン、クリップ折れただけですし。書くことはできるんで」
「でも、ろきぴへの手紙を書くにはオカメインコが必要なんだろ?」
「それは……まあ、はい」
気分の問題といってしまえばそれまでだけど、正直、モチベーションが全然違う。
なので、寒川副部長のペンをありがたく受け取った。
「ありがとうございます。副部長もインコ、好きなんですか?」
「……まあ、な」
「もともとはろきぴの概念グッズとして欲しかったんですけど、だんだんオカメのほっぺが赤いところが可愛くなってきちゃって。これってあれですよね、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いの真逆バージョン」
「……あばたもえくぼ、と普通に言えばいいだろう……」
そう言って寒川副部長は苦笑いした。
うわー、やっちまった。日本語って難しい。
こんなんでろきぴにちゃんとした手紙を書けるんだろうか。
「不安しかないな」
ぽつり、と本音が漏れた。
「不安、か」
寒川副部長が俺の向かいに座った。
またまたやっちまった!
「あ、だいじょぶっす! これは俺の問題なんで。別にかまちょじゃないんで。ほっといてもらって全然平気なんで」
「かまちょ?」
「構ってちょーだいの略です。最近の俺、ビブリオ倶楽部に助けてもらってばっかりなんで、少しは自分でなんとかしないとなって思って。部員でもないのに入り浸ってすみません」
まあ、今日も今路に助けてもらってここにいるわけだけれど。
そんな思いも含めてぺこりと頭を下げれば、寒川副部長は戸惑っているようだった。
「いや……そもそも図書室は俺たちだけのものじゃないからな。好きに使ってくれ。それに……紙谷くんはもう部員のようなものだと思ってる」
「……え」
頭を上げると、所在なさげに手を組んだ寒川副部長が、俺を見つめていた。
わりとすぐに目をそらしがちな副部長には珍しい。
「紙谷くんが来てから、ビブリオ倶楽部が元気になった気がするんだ。もともと読書クラブだから、黙って読書をすることが多いんだが、君が感想文の書き方を教えてくれと言ってきたあの日から、俺たちの間で本を通じた交流がすごく活発になった。推し本を題材に語り合うなんて、したことなかったからな」
「そう……なんですか」
なんか意外だ。
本多部長なんて、誰彼構わずスイーツ探偵バニラの布教に余念がないと思ってた。
そう言うと、寒川副部長は「だよなあ」と笑った。
「あれで、司もドライなところがあるんだ。読書はひとりでするものだし、生まれた感想は自分だけのオリジナル。そうすると話し合う機会もあまりないんだ」
……あ。その言い回し、推し本語りの時に本多部長が言ってたことだ。
自分はスイーツ探偵バニラを推すけれども、感想は人それぞれ。俺に無理に好きになれとは言わない……って。
そういうところが、本多部長がドライと言われるゆえんなんだろうか。
そんな本多部長が率いるから、よく言えばマイペース、悪く言うなら自分勝手。
それがビブリオ倶楽部のスタンスだったらしい。
そんなところに俺が持ち込んだ、読書感想文のお悩み相談。
あれが、ビブリオ倶楽部革命の第一歩だったってわけか。
うーん、俺ったら知らないうちにとんでもない嵐を図書室に持ち込んでしまったのかもしれない。
ビブリオ倶楽部の革命――すなわち、ビブリオ・レボリューションか。なんかカッコイイな。
……じゃなくって!
それよりも、もっと大切なことを聞いた気がする。
「あの、俺が部員みたいなものって……マジ、ですか」
もうほとんど消えそうな語尾をなんとか音にして聞き返す。
だって聞き間違えだったら恥ずかしいし。
図々しい野郎だな、なんて思われるのもなんかヤダ。
今度はペンの軸を折りそうなくらい強く握りしめる。
だけど、寒川副部長は「そうだな」とさらっと答えてくれたのだ。
「そ……うなんですか」
やばい。手汗でペンがすべりそう。
そんな俺の焦りにはなんにも気がついていないであろう寒川副部長は、軽く2回ほど頷いた。
「本に対して真面目だし、他の部員とも仲良くやっているみたいだし。そうそう、今路が画集や写真集以外のことに心を砕くのは初めてだよ」
「確かに……それまでは同じクラスで同じ班なのに、話したことすらなかったですからね」
「乃部と今路と紙谷くん、3人でビブリオ倶楽部を続けていってくれればな、と思ったこともあるんだが……ああ、これは俺らの勝手な期待だから。別にプレッシャーをかけるつもりじゃないからな」
そこまで言って口を滑らせたと思ったのか、寒川副部長がぱっと手を横に振って否定する。
「俺らって……本多部長と、副部長のことですか?」
ちらりとカウンターの方を見る。頬杖をついて読書をしている本多部長だが、耳がぴくぴく動いているのを見てしまった。
マンガみたいに器用なことをやってるなあ。
本多部長、隠しごとができないタイプと見た。
これは……あのことを、言い出すチャンスではないだろうか。
「うおお、書けねえ……!」
俺は文字通り頭を抱えて、図書室の机で唸っていた。
このシチュエーション、何度目だ?
「誰の助けも借りずにやるって、言ったはいいけどハードル高い!」
漏れそうになる心の声を、なんとか小声で押し殺す。
ちらり、ちらり。
様子をうかがう乃部と今路の姿が、視界の端っこに見え隠れする。
アイディア出しを手伝おうか、と言ってくれたふたりの申し出を、俺は断った。
別に迷惑だからじゃない。すごくありがたいし、いいやつらだと思う。
これは、俺のちょっとした意地とプライドの問題なのだ。
読書感想文なら、助けて欲しいと泣きつけた。
朝読書の本探しだって、みんなの意見を聞くことになんのこだわりもなかった。
だけど――今回は、違う。
ろきぴへの思いを綴るのだ。
俺のハートを開けっぴろげに語るのだ。
それを周りに知られるのは、正直、すっげー恥ずかしい。
それに、これは俺とろきぴの間だけにとどめておきたい、シークレットなメモリアルでもある。
そして、何でもかんでもビブリオ倶楽部に助けてもらってばかりの自分が情けないから……というのもある。
これが実は結構デカイ。
この手紙というアイディアも、本多部長の発案だ。
そもそも今路にめちゃくちゃ心配かけて、ここまで連れてきてもらった負い目もある。
俺だって、やる時はやるのさ! と見せつけて認めてもらいたいのだ。
そこで、はたとペンが止まる。
いや、最初から止まってたけれども。
「……誰に?」
誰に、認めてもらいたいんだ?
なんのために、認められたいんだ?
問1はわかる。ビブリオ倶楽部に、だ。
でも問2は……。
俺、なんのためにビブリオ倶楽部に認められたいんだ?
「……あー、ちょっといいか」
「副部長」
長机の端っこをノックするようにコンコンと叩いてきたのは、寒川副部長だった。
「ひとりでやりきるっていう意気込みは素晴らしいんだが、一応ひとこと言っておく」
「なんですか?」
「手紙を書くと言っても、実用手紙例文集を丸写しにする必要はないからな」
「……し、しませんよっ」
たぶん、俺の隣に置いてある『手紙の書き方』という本を見たのだろう。
ちらっと読んだけど、こんな格調高い文章、書ける気がしない。俺には向いてない。
だからすぐに閉じて、自分の力で書こうとしたんだけど……この有様だ。
ハイレベルな例文を先に見てしまったせいで、自分との実力差にうちのめされている。
しまった、本のチョイス、ミスった……!
目の前の白紙には、「ろきぴへ」としか書いていない。ここから先が浮かばないのだ。
お元気ですか、なんて配信見てればわかるし、そもそも卒業する相手に今更そんなこと聞いてどうする? って疑問もある。
ああもう、俺ってやつはひとりじゃなんにもできないのかよっ!
拳を机に打ちつけたい気持ちを必死に押さえつける。
そんなことしたって変わらないし、癇癪起こすなんてガキみたいでみっともない。
頭ではわかっているのに、焦りと苛立ちで頭の中が沸騰しそうだ。
パキッ
「……あ!?」
急に手の中から力が抜ける。
シャーペンを握りしめすぎて、クリップが折れたのだ。
「うわ」
乾いた音を立てて転がったクリップをつまみ上げる。
「折れたのか。ケガは?」
「や、だいじょぶです。あーあ、気に入ってたんだけどなあ」
胸ポケットに留めるためのクリップが壊れただけだから、書くのには問題ない。
でもこのクリップには、オカメインコのイラストがプリントされている。俺のお気に入りなのだ。
そう、オカメインコを肩に乗せたろきぴを思わせる、いわば概念グッズである。
テストに宿題にと、ずっと共にしてきたペンの一部が欠けてしまうのは、なんだか寂しい。
まして、卒業間近なろきぴの概念グッズなら尚更だ。
「接着剤でくっつければ直るかな……」
家に帰ってから直そう、とポッキリ折れた破片をペンケースにしまっていると、寒川副部長は制服の胸ポケットから何かを取り出した。
「これ、やるよ」
「え!」
それは、ペンの軸部分にオカメインコがプリントされたシャーペンだった。
「え、そんな、悪いですよ。俺のシャーペン、クリップ折れただけですし。書くことはできるんで」
「でも、ろきぴへの手紙を書くにはオカメインコが必要なんだろ?」
「それは……まあ、はい」
気分の問題といってしまえばそれまでだけど、正直、モチベーションが全然違う。
なので、寒川副部長のペンをありがたく受け取った。
「ありがとうございます。副部長もインコ、好きなんですか?」
「……まあ、な」
「もともとはろきぴの概念グッズとして欲しかったんですけど、だんだんオカメのほっぺが赤いところが可愛くなってきちゃって。これってあれですよね、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いの真逆バージョン」
「……あばたもえくぼ、と普通に言えばいいだろう……」
そう言って寒川副部長は苦笑いした。
うわー、やっちまった。日本語って難しい。
こんなんでろきぴにちゃんとした手紙を書けるんだろうか。
「不安しかないな」
ぽつり、と本音が漏れた。
「不安、か」
寒川副部長が俺の向かいに座った。
またまたやっちまった!
「あ、だいじょぶっす! これは俺の問題なんで。別にかまちょじゃないんで。ほっといてもらって全然平気なんで」
「かまちょ?」
「構ってちょーだいの略です。最近の俺、ビブリオ倶楽部に助けてもらってばっかりなんで、少しは自分でなんとかしないとなって思って。部員でもないのに入り浸ってすみません」
まあ、今日も今路に助けてもらってここにいるわけだけれど。
そんな思いも含めてぺこりと頭を下げれば、寒川副部長は戸惑っているようだった。
「いや……そもそも図書室は俺たちだけのものじゃないからな。好きに使ってくれ。それに……紙谷くんはもう部員のようなものだと思ってる」
「……え」
頭を上げると、所在なさげに手を組んだ寒川副部長が、俺を見つめていた。
わりとすぐに目をそらしがちな副部長には珍しい。
「紙谷くんが来てから、ビブリオ倶楽部が元気になった気がするんだ。もともと読書クラブだから、黙って読書をすることが多いんだが、君が感想文の書き方を教えてくれと言ってきたあの日から、俺たちの間で本を通じた交流がすごく活発になった。推し本を題材に語り合うなんて、したことなかったからな」
「そう……なんですか」
なんか意外だ。
本多部長なんて、誰彼構わずスイーツ探偵バニラの布教に余念がないと思ってた。
そう言うと、寒川副部長は「だよなあ」と笑った。
「あれで、司もドライなところがあるんだ。読書はひとりでするものだし、生まれた感想は自分だけのオリジナル。そうすると話し合う機会もあまりないんだ」
……あ。その言い回し、推し本語りの時に本多部長が言ってたことだ。
自分はスイーツ探偵バニラを推すけれども、感想は人それぞれ。俺に無理に好きになれとは言わない……って。
そういうところが、本多部長がドライと言われるゆえんなんだろうか。
そんな本多部長が率いるから、よく言えばマイペース、悪く言うなら自分勝手。
それがビブリオ倶楽部のスタンスだったらしい。
そんなところに俺が持ち込んだ、読書感想文のお悩み相談。
あれが、ビブリオ倶楽部革命の第一歩だったってわけか。
うーん、俺ったら知らないうちにとんでもない嵐を図書室に持ち込んでしまったのかもしれない。
ビブリオ倶楽部の革命――すなわち、ビブリオ・レボリューションか。なんかカッコイイな。
……じゃなくって!
それよりも、もっと大切なことを聞いた気がする。
「あの、俺が部員みたいなものって……マジ、ですか」
もうほとんど消えそうな語尾をなんとか音にして聞き返す。
だって聞き間違えだったら恥ずかしいし。
図々しい野郎だな、なんて思われるのもなんかヤダ。
今度はペンの軸を折りそうなくらい強く握りしめる。
だけど、寒川副部長は「そうだな」とさらっと答えてくれたのだ。
「そ……うなんですか」
やばい。手汗でペンがすべりそう。
そんな俺の焦りにはなんにも気がついていないであろう寒川副部長は、軽く2回ほど頷いた。
「本に対して真面目だし、他の部員とも仲良くやっているみたいだし。そうそう、今路が画集や写真集以外のことに心を砕くのは初めてだよ」
「確かに……それまでは同じクラスで同じ班なのに、話したことすらなかったですからね」
「乃部と今路と紙谷くん、3人でビブリオ倶楽部を続けていってくれればな、と思ったこともあるんだが……ああ、これは俺らの勝手な期待だから。別にプレッシャーをかけるつもりじゃないからな」
そこまで言って口を滑らせたと思ったのか、寒川副部長がぱっと手を横に振って否定する。
「俺らって……本多部長と、副部長のことですか?」
ちらりとカウンターの方を見る。頬杖をついて読書をしている本多部長だが、耳がぴくぴく動いているのを見てしまった。
マンガみたいに器用なことをやってるなあ。
本多部長、隠しごとができないタイプと見た。
これは……あのことを、言い出すチャンスではないだろうか。



