「お、お疲れ……だいじょぶ?」
「お、おう……お疲れだわ」
図書室のドアを開けてなだれ込んだ俺たちは、そろって床に転がった。
大の字になって呼吸を整えていると、逆さまになった乃部が覗き込んでくる。
「うわあ、玲王が虫の息だぁ! こんなに全力疾走するなんて何があったの?」
「や、たいしたことじゃ……なくて」
「ろきぴ、卒業する」
むくりと起き上がった今路のひと言に、乃部はきょとんと目を丸くした。
「わ。マジ?」
俺に視線を向けてくる。無言で頷いた。
「ぼく、昨日配信見て、紙谷が浮かんだ。紙谷、ショックなのにごまかそうとしてる。それ、ココロに良くない。我慢するの、余計ツライ!」
「あああ、落ち着いて。長文で喋る玲王なんてSSRレアすぎて、どうしたらいいんだよぉ」
パニックになってまくしたてる今路をよしよしとなだめる乃部は、困ったように俺を見てきた。
ここで寝っ転がってても仕方ないので起き上がる。
「まあ……ろきぴが決めたことだから、ファンとしては見守るだけだよ。来週が最後の配信ってのが急だとは思うけど、ろきぴの事情もあるだろうし」
「文くん、イイコ過ぎ〜! もっとわがまま言ったっていいんだよぉ。玲王じゃないけど、そうやってため込むの良くないって」
「んなこと言われても、俺が騒いだからって何も変わらないし……そんなことしてSNSで騒いだりコメ欄荒らしたら、ろきぴが悲しむだろうが。俺はろきぴを困らせてまで配信見たいわけじゃないし」
「――でも、自分で納得してから見送りたいんじゃないか?」
突然降ってきた声に、背中をとんと押された気がした。
見上げれば、予想通りの声の主が――本多部長が、カウンターに肘をついて寄りかかっている。
「納得……?」
「そう、納得だ。まだ昨日の今日で君は事態を飲み込みきれていない。子どもじゃないから騒いでどうにかなるとも思っていないし、大人じゃないから止める手立てもない……モヤモヤするよなあ」
モヤモヤする。
確かにその言葉は、今の俺を的確に表現している気がした。
びっくりした。悲しい。仕方ない。
それに、認めたくないけど、ほんの少しだけ……ふざけんなという気持ちもある。
こんなにも俺の心を掻き乱して、あっさり去っていくろきぴへの憤りと、振り回されまくって悔しいという自分へのイラ立ち。
いろんな気持ちがどろっどろに渦巻いて、胸の中でマーブル模様を描いている。
「そんな気持ちじゃ、ろきぴを笑って見送れないだろ」
「……じゃあ、どうしろって言うんですか」
ちょっとだけ声にトゲが出てしまった。
これじゃ本多部長に八つ当たりしてるみたいだ。
俺、カッコ悪!
でも、本多部長はそんな俺の葛藤を汲み取ってくれたのか、はたまた何も気づいていないのか――いつもの笑顔を崩さなかった。
ぴんと立てた人さし指を左右に振る。
「ちっちっち……それは、君の名前がよく知っているさ」
「……はあ?」
なんだそれ。
意味わからん。
俺の名前は――紙谷文だ。
それに答えがあるってこと?
紙と文。
つまり……。
「……あ」
「おわかりかな?」
ふふ、と悪戯っぽく笑う本多部長に頷いた。
「「手紙を書けってこと」」
俺の声にかぶせてきたのは、ちょうど図書室に入ってきた寒川副部長だった。
「副部長」
「廊下にまで騒ぎが響いてたぞ。図書室なんだから声は抑えろ」
「……っす。すみません」
「悪いなー、博規」
「ま、そのおかげで何が起きてるのかを既に把握したわけだが」
そこで寒川副部長はメガネのブリッジに手をやった。チャッと音を立ててメガネのズレを直す。
「紙谷くんの名前……文。古くは手紙を意味する単語として知られているな」
「文通の文、ってことですよね」
「そのとおりっ!」
元気に割り込んできたのはもちろん本多部長だ。
「手紙といっても、古式ゆかしく便せんと封筒で送る必要はないぞ。ろきぴのメールフォームがあるだろう? そこに送信すればいい。心のこもった手紙ってのは、デジタルだろうがアナログだろうが、一生物の宝物になるからなっ」
「アイディアとしてはすごくいいと思いますけど……そもそも俺、誰かに手紙なんて書いたことなくて」
それに相手はろきぴだ。
ますます何を書くべきかわからない。
ええと、まずは拝啓? 前略? 書き出しってどうすればいいんだ?
気持ちばかりが焦ってパニックになりかけていると、本多部長は笑って俺の背中をばんばん叩いてきた。
「いいじゃないか、人生何事も経験さ! 実績解除、手紙――ってわけか。うんうん青春だねえ」
「あの、本多部長ってなんでたまにオッサンくさ……いえ、大人びてるんですか」
「そりゃあ……様々な読書経験は心を豊かにするのさ」
「はあ」
「今、紙谷くんが俺をオッサンと言ったことに関して、俺の豊かな心は干上がりそうなほどのダメージを負っているのだが」
「っす、すみませんっ!」
真顔で見つめられて、慌てて頭を下げた。
イケメンの真顔は心臓に悪い。いろんな意味で。
「まあとにかくだ。折しもろきぴと時を同じくして、俺たちも受験勉強に本腰を入れなくてはならないお年頃だ。ビブリオ倶楽部、ラストミッションというわけだな」
本多部長がカウンターにあるベルを手に取り、チリンと鳴らす。それを合図にみんなが所定の位置に着いた。
「今日も今日とて、ぱらりと解決しようじゃないか」
ニッと笑った本多部長の笑顔が、どこか物寂しく見えたのは、俺のオッサンくさい発言を引きずっていたわけではない……と、思う。
それよりも、もっと確実なことが目の前にあった。
「……あの、この流れって、もしや」
「お、気づいたか」
「スイーツ探偵バニラの導入部分……と一緒、ですよね」
朝読書の時に気がついたんだ。
依頼に取り掛かる時、調査員を呼び寄せたバニラは全員で決めポーズを取りつつこう唱えるのだ。
「「今日も今日とて、甘くときほぐしてやろうじゃないか!」」
俺と本多部長の声がきれいなユニゾンを奏でた。
なんだ、やけに芝居がかってると思ったら、バニラの真似だったのか……。
でもまあ、真似したくなるほどに大好きなものがあるってのは、いいことだよな。
それに、推しへの気持ちなら俺だって負けない。
ろきぴに思いを伝えられる最後のチャンスだ。
初めての手紙だろうが、書いてやるぜ!
「お、おう……お疲れだわ」
図書室のドアを開けてなだれ込んだ俺たちは、そろって床に転がった。
大の字になって呼吸を整えていると、逆さまになった乃部が覗き込んでくる。
「うわあ、玲王が虫の息だぁ! こんなに全力疾走するなんて何があったの?」
「や、たいしたことじゃ……なくて」
「ろきぴ、卒業する」
むくりと起き上がった今路のひと言に、乃部はきょとんと目を丸くした。
「わ。マジ?」
俺に視線を向けてくる。無言で頷いた。
「ぼく、昨日配信見て、紙谷が浮かんだ。紙谷、ショックなのにごまかそうとしてる。それ、ココロに良くない。我慢するの、余計ツライ!」
「あああ、落ち着いて。長文で喋る玲王なんてSSRレアすぎて、どうしたらいいんだよぉ」
パニックになってまくしたてる今路をよしよしとなだめる乃部は、困ったように俺を見てきた。
ここで寝っ転がってても仕方ないので起き上がる。
「まあ……ろきぴが決めたことだから、ファンとしては見守るだけだよ。来週が最後の配信ってのが急だとは思うけど、ろきぴの事情もあるだろうし」
「文くん、イイコ過ぎ〜! もっとわがまま言ったっていいんだよぉ。玲王じゃないけど、そうやってため込むの良くないって」
「んなこと言われても、俺が騒いだからって何も変わらないし……そんなことしてSNSで騒いだりコメ欄荒らしたら、ろきぴが悲しむだろうが。俺はろきぴを困らせてまで配信見たいわけじゃないし」
「――でも、自分で納得してから見送りたいんじゃないか?」
突然降ってきた声に、背中をとんと押された気がした。
見上げれば、予想通りの声の主が――本多部長が、カウンターに肘をついて寄りかかっている。
「納得……?」
「そう、納得だ。まだ昨日の今日で君は事態を飲み込みきれていない。子どもじゃないから騒いでどうにかなるとも思っていないし、大人じゃないから止める手立てもない……モヤモヤするよなあ」
モヤモヤする。
確かにその言葉は、今の俺を的確に表現している気がした。
びっくりした。悲しい。仕方ない。
それに、認めたくないけど、ほんの少しだけ……ふざけんなという気持ちもある。
こんなにも俺の心を掻き乱して、あっさり去っていくろきぴへの憤りと、振り回されまくって悔しいという自分へのイラ立ち。
いろんな気持ちがどろっどろに渦巻いて、胸の中でマーブル模様を描いている。
「そんな気持ちじゃ、ろきぴを笑って見送れないだろ」
「……じゃあ、どうしろって言うんですか」
ちょっとだけ声にトゲが出てしまった。
これじゃ本多部長に八つ当たりしてるみたいだ。
俺、カッコ悪!
でも、本多部長はそんな俺の葛藤を汲み取ってくれたのか、はたまた何も気づいていないのか――いつもの笑顔を崩さなかった。
ぴんと立てた人さし指を左右に振る。
「ちっちっち……それは、君の名前がよく知っているさ」
「……はあ?」
なんだそれ。
意味わからん。
俺の名前は――紙谷文だ。
それに答えがあるってこと?
紙と文。
つまり……。
「……あ」
「おわかりかな?」
ふふ、と悪戯っぽく笑う本多部長に頷いた。
「「手紙を書けってこと」」
俺の声にかぶせてきたのは、ちょうど図書室に入ってきた寒川副部長だった。
「副部長」
「廊下にまで騒ぎが響いてたぞ。図書室なんだから声は抑えろ」
「……っす。すみません」
「悪いなー、博規」
「ま、そのおかげで何が起きてるのかを既に把握したわけだが」
そこで寒川副部長はメガネのブリッジに手をやった。チャッと音を立ててメガネのズレを直す。
「紙谷くんの名前……文。古くは手紙を意味する単語として知られているな」
「文通の文、ってことですよね」
「そのとおりっ!」
元気に割り込んできたのはもちろん本多部長だ。
「手紙といっても、古式ゆかしく便せんと封筒で送る必要はないぞ。ろきぴのメールフォームがあるだろう? そこに送信すればいい。心のこもった手紙ってのは、デジタルだろうがアナログだろうが、一生物の宝物になるからなっ」
「アイディアとしてはすごくいいと思いますけど……そもそも俺、誰かに手紙なんて書いたことなくて」
それに相手はろきぴだ。
ますます何を書くべきかわからない。
ええと、まずは拝啓? 前略? 書き出しってどうすればいいんだ?
気持ちばかりが焦ってパニックになりかけていると、本多部長は笑って俺の背中をばんばん叩いてきた。
「いいじゃないか、人生何事も経験さ! 実績解除、手紙――ってわけか。うんうん青春だねえ」
「あの、本多部長ってなんでたまにオッサンくさ……いえ、大人びてるんですか」
「そりゃあ……様々な読書経験は心を豊かにするのさ」
「はあ」
「今、紙谷くんが俺をオッサンと言ったことに関して、俺の豊かな心は干上がりそうなほどのダメージを負っているのだが」
「っす、すみませんっ!」
真顔で見つめられて、慌てて頭を下げた。
イケメンの真顔は心臓に悪い。いろんな意味で。
「まあとにかくだ。折しもろきぴと時を同じくして、俺たちも受験勉強に本腰を入れなくてはならないお年頃だ。ビブリオ倶楽部、ラストミッションというわけだな」
本多部長がカウンターにあるベルを手に取り、チリンと鳴らす。それを合図にみんなが所定の位置に着いた。
「今日も今日とて、ぱらりと解決しようじゃないか」
ニッと笑った本多部長の笑顔が、どこか物寂しく見えたのは、俺のオッサンくさい発言を引きずっていたわけではない……と、思う。
それよりも、もっと確実なことが目の前にあった。
「……あの、この流れって、もしや」
「お、気づいたか」
「スイーツ探偵バニラの導入部分……と一緒、ですよね」
朝読書の時に気がついたんだ。
依頼に取り掛かる時、調査員を呼び寄せたバニラは全員で決めポーズを取りつつこう唱えるのだ。
「「今日も今日とて、甘くときほぐしてやろうじゃないか!」」
俺と本多部長の声がきれいなユニゾンを奏でた。
なんだ、やけに芝居がかってると思ったら、バニラの真似だったのか……。
でもまあ、真似したくなるほどに大好きなものがあるってのは、いいことだよな。
それに、推しへの気持ちなら俺だって負けない。
ろきぴに思いを伝えられる最後のチャンスだ。
初めての手紙だろうが、書いてやるぜ!



