翌日、朝読書を終えた俺に、そっと近づいてきたのは今路だった。
同じ班なのに、今路から話しかけられたのは初めてだ。
「……おはよ」
「おはよう、今路。何かあった?」
「ろきぴのチャンネル、見た」
「っ!」
まさか、今路の口からろきぴの名前が出てくると思わなかった。
あからさまに動揺した俺に、今路は眉を八の字にして首を傾げた。
「卒業……するって」
「…………ああ」
「ぼくはろきぴのこと、あまり知らない。でも、紙谷にはショック……違う?」
違わない。
なんて言ったらいいかわからなくて、少しうつむく。すると、今路は俺の机の前にしゃがみ込んだ。
「配信を見て、紙谷が真っ先に浮かんだ。夜は……なかなか眠れなくて。胸が、ざわついた」
今路が胸元をきゅっと掴む。
ゆっくりと、ひとつひとつの言葉を選んで、噛み締めるように伝えてくれる今路の喋り方。それがこんなに嬉しく感じられたのは、初めてだった。
「……心配してくれたのか、俺のこと」
「…………ん。そっか、これは心配、か」
こてん、と首を傾げる今路。視線は明後日の方角を向いている。
「なんだよ、無自覚?」
「んーん。今、自覚した。ぼくは、紙谷が好き。だから心配」
「ふあっ!?」
突然の爆弾に頭が真っ白になった。
え、ちょ、待て待て待て!?
隣の席の岡野もぽかんと口を開けてこっちを見てる。
だよな! びっくりするよな! クラスメイトが隣で告白始めたらさ!
でも俺も相当びっくりしてるから!
「い、今路。今のって」
「……? ああ、なるほど」
顔を真っ赤にして視線を迷子にしてる俺の反応を見て、ようやく今路も自分が何を言ったのかわかったみたいだ。
「ぼくは、ビブリオ倶楽部のみんなが好き。部長も副部長も、ロマンも好き。だから、紙谷も好き。おっけー?」
あ、好きってそういうやつね……。
確かに、前に本多部長のことも「好き」って言ってたっけ。
勘違いして空回りした自分が恥ずかしい。
隣の席からも「なんだ……」って、ぐったりしたため息が聞こえた。
ごめんな、朝から疲れるようなこと聞かせて。
でも俺も疲れたから。おあいこだ。
そうこうしているうちに、担任が来る時間だ。教室内がざわつきだす。
今路も立ち上がった。
「勘違いした紙谷、かわいい」
「かっ……!?」
ふふ、と口元を綻ばせて笑う今路は、今日二度目の爆弾を落としたことなど全然気にとめていないらしい。
「……放課後、ビブリオ倶楽部、行こ。話、聞く」
振り向きざまに見せた、浮世離れした笑顔に、俺だけでなく岡野からも息を呑む気配がした。
「よぅっし、おはよう諸君、授業始めるぞー」
「はーい」
1時間目の英語の先生が、とんとんとファイルで肩を叩きながら教室に入ってきた。
教科書やノートを出す音に紛れて、岡野がそっと声を落として話しかけてくる。
「今路ってちゃんと会話するんだな」
「あー……はは、まあ、そうだな」
あれをちゃんとした会話、と呼べるのかは微妙だけど。
「紙谷、いつのまに今路と仲良くなってんの」
「えーと、最近? 図書室に行ってから」
「図書室? ああ、バブルなんとかってやつか」
たぶんこいつが言いたいのは、ビブリオだろうと察して頷く。
本多部長、渾身のネーミングは下級生にさっぱり通じてませんよ……。
「来年度からは最低人数を下回ると部活になれないみたいだから、今路も大変だなあ」
ん?
今なんて言った?
「おい、今のってマジ? 最低人数って何人?」
「え? 3人……だったかな。部長会で言われたってうちの部長が言ってた」
岡野は確か吹奏楽部だ。ひとクラス分は余裕で超える人数がいる大所帯だから、来年度以降も安泰に間違いない。
それよりビブリオ倶楽部は、部長と副部長が抜けたらふたりだ。そうしたら3人以下なので部活にならなくなってしまう。
つまり……廃部。
放課後に図書室に集まるのは、部活じゃなくてもできるけど、それでもビブリオ倶楽部の名前がなくなってしまうのは、なんだか悔しい。
「おい、紙谷。どーした?」
「え、ああ……大丈夫」
「こらそこ! 授業は始まってるぞ」
先生の鋭い声が届いて、岡野とふたりして肩を上げて固まった。
やっべ。
「ようっし、そんなにお喋りしたいなら――紙谷、53ページの会話文、読んでみろ」
「はいいっ」
慌てて53ページを開いて立ち上がる。
しまった、最近ビブリオ倶楽部に入り浸ってたから予習できてねえ!
「ええっと……ヘ、ヘイ……Hey Bob. What are you doing? Hi, Kenta.I am listening to music now……」
しどろもどろになりながら、どうにか中身のない会話文を読み切る。
なんだよ、こんなの話しかける前に音楽聞いてるってわかるじゃねーか……。
ほぼ初見でボブとケンタの会話文を読み終えて座ると、隣から「すげえ」と小さく拍手された。
ふふ、どうだ。
ろきぴが以前の配信で、現在分詞と過去分詞は要チェックとアドバイスしてくれたおかげだ。
ありがとう、ろきぴ。おかげでなんとかなったぜ……!
心の中でろきぴに感謝の念を送っていると、ちらりと振り向いた今路と目が合った。
ぐっと親指を立てて、口を動かしている。
何と言っているかは……正直、わからない。
まったく、俺は読唇術をマスターしたスパイじゃねえっつーの。
なので、同じく親指を立ててウィンクを返しておいた。
これでたぶん言いたいことは通じるだろ。
……ウィンクなんてめったにしないから、両方の目をつぶった気がするけれど。
同じ班なのに、今路から話しかけられたのは初めてだ。
「……おはよ」
「おはよう、今路。何かあった?」
「ろきぴのチャンネル、見た」
「っ!」
まさか、今路の口からろきぴの名前が出てくると思わなかった。
あからさまに動揺した俺に、今路は眉を八の字にして首を傾げた。
「卒業……するって」
「…………ああ」
「ぼくはろきぴのこと、あまり知らない。でも、紙谷にはショック……違う?」
違わない。
なんて言ったらいいかわからなくて、少しうつむく。すると、今路は俺の机の前にしゃがみ込んだ。
「配信を見て、紙谷が真っ先に浮かんだ。夜は……なかなか眠れなくて。胸が、ざわついた」
今路が胸元をきゅっと掴む。
ゆっくりと、ひとつひとつの言葉を選んで、噛み締めるように伝えてくれる今路の喋り方。それがこんなに嬉しく感じられたのは、初めてだった。
「……心配してくれたのか、俺のこと」
「…………ん。そっか、これは心配、か」
こてん、と首を傾げる今路。視線は明後日の方角を向いている。
「なんだよ、無自覚?」
「んーん。今、自覚した。ぼくは、紙谷が好き。だから心配」
「ふあっ!?」
突然の爆弾に頭が真っ白になった。
え、ちょ、待て待て待て!?
隣の席の岡野もぽかんと口を開けてこっちを見てる。
だよな! びっくりするよな! クラスメイトが隣で告白始めたらさ!
でも俺も相当びっくりしてるから!
「い、今路。今のって」
「……? ああ、なるほど」
顔を真っ赤にして視線を迷子にしてる俺の反応を見て、ようやく今路も自分が何を言ったのかわかったみたいだ。
「ぼくは、ビブリオ倶楽部のみんなが好き。部長も副部長も、ロマンも好き。だから、紙谷も好き。おっけー?」
あ、好きってそういうやつね……。
確かに、前に本多部長のことも「好き」って言ってたっけ。
勘違いして空回りした自分が恥ずかしい。
隣の席からも「なんだ……」って、ぐったりしたため息が聞こえた。
ごめんな、朝から疲れるようなこと聞かせて。
でも俺も疲れたから。おあいこだ。
そうこうしているうちに、担任が来る時間だ。教室内がざわつきだす。
今路も立ち上がった。
「勘違いした紙谷、かわいい」
「かっ……!?」
ふふ、と口元を綻ばせて笑う今路は、今日二度目の爆弾を落としたことなど全然気にとめていないらしい。
「……放課後、ビブリオ倶楽部、行こ。話、聞く」
振り向きざまに見せた、浮世離れした笑顔に、俺だけでなく岡野からも息を呑む気配がした。
「よぅっし、おはよう諸君、授業始めるぞー」
「はーい」
1時間目の英語の先生が、とんとんとファイルで肩を叩きながら教室に入ってきた。
教科書やノートを出す音に紛れて、岡野がそっと声を落として話しかけてくる。
「今路ってちゃんと会話するんだな」
「あー……はは、まあ、そうだな」
あれをちゃんとした会話、と呼べるのかは微妙だけど。
「紙谷、いつのまに今路と仲良くなってんの」
「えーと、最近? 図書室に行ってから」
「図書室? ああ、バブルなんとかってやつか」
たぶんこいつが言いたいのは、ビブリオだろうと察して頷く。
本多部長、渾身のネーミングは下級生にさっぱり通じてませんよ……。
「来年度からは最低人数を下回ると部活になれないみたいだから、今路も大変だなあ」
ん?
今なんて言った?
「おい、今のってマジ? 最低人数って何人?」
「え? 3人……だったかな。部長会で言われたってうちの部長が言ってた」
岡野は確か吹奏楽部だ。ひとクラス分は余裕で超える人数がいる大所帯だから、来年度以降も安泰に間違いない。
それよりビブリオ倶楽部は、部長と副部長が抜けたらふたりだ。そうしたら3人以下なので部活にならなくなってしまう。
つまり……廃部。
放課後に図書室に集まるのは、部活じゃなくてもできるけど、それでもビブリオ倶楽部の名前がなくなってしまうのは、なんだか悔しい。
「おい、紙谷。どーした?」
「え、ああ……大丈夫」
「こらそこ! 授業は始まってるぞ」
先生の鋭い声が届いて、岡野とふたりして肩を上げて固まった。
やっべ。
「ようっし、そんなにお喋りしたいなら――紙谷、53ページの会話文、読んでみろ」
「はいいっ」
慌てて53ページを開いて立ち上がる。
しまった、最近ビブリオ倶楽部に入り浸ってたから予習できてねえ!
「ええっと……ヘ、ヘイ……Hey Bob. What are you doing? Hi, Kenta.I am listening to music now……」
しどろもどろになりながら、どうにか中身のない会話文を読み切る。
なんだよ、こんなの話しかける前に音楽聞いてるってわかるじゃねーか……。
ほぼ初見でボブとケンタの会話文を読み終えて座ると、隣から「すげえ」と小さく拍手された。
ふふ、どうだ。
ろきぴが以前の配信で、現在分詞と過去分詞は要チェックとアドバイスしてくれたおかげだ。
ありがとう、ろきぴ。おかげでなんとかなったぜ……!
心の中でろきぴに感謝の念を送っていると、ちらりと振り向いた今路と目が合った。
ぐっと親指を立てて、口を動かしている。
何と言っているかは……正直、わからない。
まったく、俺は読唇術をマスターしたスパイじゃねえっつーの。
なので、同じく親指を立ててウィンクを返しておいた。
これでたぶん言いたいことは通じるだろ。
……ウィンクなんてめったにしないから、両方の目をつぶった気がするけれど。



