ビブリオ俱楽部におまかせ!

 青天の霹靂。
 そんな言い回しの意味を辞書の通りに感じ取ったのは、スイーツ探偵バニラを読み終えそうな日のことだった。
 
「たぶん、明日の朝で読み終わるな」
 
 学校から帰って、しおりをさした場所をチェックする。
 残すはエピローグだけ。
 残りわずかなページ数は、軽くつまめるほどだ。

「読み終えたら、また図書室で次を探さないとなー」
 
 いっそ今、読みきってしまおうかとも思う。
 そんな気持ちとは裏腹に、物語が終わってしまうのでもったいないとも思う。
 
 うーん、複雑なオトメゴコロ……ならぬオトコゴコロだ。
 
 バニラによって謎が明かされていく場面は爽快だった。
 朝読書の10分なんてあっという間に過ぎていった。
 あと5分あれば! そう思いながら、1時間目の教科担任が来るのが恨めしかったっけ。
 
「こんなに読書が楽しくなるなんて、推し本を教えてくれたろきぴにはマジで感謝だぜ」
 
 机に置かれたスマホを見る。そろそろ配信の時間だ。
 するとその時、通知音がぴこんと鳴った。
 
 この音はっ!
 慌ててスマホに飛びついた。
 
「ろきぴ〜! ったく俺がスマホを見た途端に通知がくるなんて、ひょっとして俺らって運命?」
 
 そんなワケねーか、とセルフツッコミしながらアプリが立ち上がるのを待つ。
 まっさきに飛び込んできたのは「大切なお知らせ」というテロップだった。
 
「……え?」
 
 いつものポップな字ではなく、教科書みたいなカチッとしたフォント。
 真っ白な背景の真ん中に、それだけが載せられている。
 
 これは、いつもの配信とは違う。
 無意識に座り直して背筋を伸ばす。BGMがだんだんフェードアウトしていく中、ろきぴが現れた。
 VTuberだからイラストはいつも通りの可愛いろきぴスマイルだけど、サイドのコメント欄が「なに?」「ろきぴどーしたの?」と心配するものばかりで、どうしてもろきぴよりもコメント欄に目がいってしまう。
 
『ろきろき~! みなさんこんにちはこんばんは、ろきぴです! 今日は、大切なお知らせがあります』
 
 ごくり、と息を飲む。
 こんな風に思い詰めた声は初めてだ。
 
『このたび、ろきぴは……VTuberを卒業することにしました』
 
「う……わ」
 
 マジか。
 このシリアスなムードから想像はしてたけど、はっきり本人から言われると心に来る。
 
「なんで」「トラブルでもあった?」「さびしいよー」
 
 俺の気持ちを代弁するように、コメント欄が大荒れに荒れている。
 ろきぴのイラストが、悲しそうなものに変わった。
 
『詳しくお話します。まず、トラブルがあったわけではありません』
 
 その一言にちょっと安心した。
 VTuberって変なやつに絡まれたりとトラブルがつきものだから、ろきぴがそういう意味で悲しい思いをしていないならまだ許せる。
 
『理由は、進学です。受験を控えているので、これからは勉強に専念したいと思いました』
 
 そっか。ろきぴも受験生だったのか。
 ちょうど先日、タイムリーに受験だの引退だのの話をしていたから、ろきぴの話がすんなり受け入れられた。
 あの時、寒川副部長は他人事みたいな顔してる俺に、来年はお前の番だぞと釘を刺した。
 まさか、来年を待たずして、受験がこんなに近くに迫ってくるなんて。
 俺がぼーっとしてる間にも、ろきぴの話はどんどん進んでいく。
 
『つきましては、急なことですが、次回を卒業配信とします』
 
「次回!?」
 
 待て待て。急すぎるだろ!
 ろきぴの配信は週に1回だ。ってことは、ろきぴに会えるのは来週が最後ってこと!?
 
『続けていくか、卒業するか……すっごく悩みました。でも、二足のわらじでどっちつかずになって、この配信を楽しめなくなるのはとても辛い。ろきぴは、ここが好きです。みんなが学校であったことを話してくれたり、ろきぴの話を聞いてくれたり……クラスの友だちとも部活の仲間とも違う、別の居場所。学校生活でうまくいかないことがあっても、ここに来れば画面の向こうにみんながいた。その場所を最後まで好きでいたい。卒業は、そんなろきぴのわがままです』
 
 ろきぴがお辞儀しているような気がした。
 イラストは変わらない。でも、声の動きが、そう感じとれた。
 
 しばらく、無言が続く。
 コメント欄も滝みたいに騒がしかったのが嘘みたいに、ゆっくりとぽつりぽつり流れるだけになっていた。
 おかげでひとつひとつのコメントに目を通せる。
 そこに載っているのは「寂しいけど、ろきぴが決めたことだし」「相変わらずマジメだなー」「ろきぴがここを好きでいてくれてうれしいよ」といった、好意的でしんみりするものばかりだ。
 俺もその雰囲気に同調して、なんだか目頭が熱くなる。

「みんないいやつだな……そうだよな、俺たちみんな、ろきぴを応援してる同志だもんな」
 
 友だちの友だちはみんな友だち、なんて子どもだましな言い回しがあるけれど、今、この時ばかりはそのとおりだと思った。
 
『さあてっ!』

 そこでぽこんとキャッチ音が流れた。
 画面はいつもの笑顔のろきぴに戻っている。
 
『今日の真面目な話はここでおしまい! ここからはいつものコーナー、始めるよっ』
 
 ぴこぴこと音楽が流れ始めた。
 ろきぴ、切り替え早っ。
 
『最初のおたよりはハナちゃんさんから。「こんにちは、私は来年中学生になります。部活動は強制じゃないっぽいんですけど、やっぱり内申点のために入るべきですか?」……ふーむ、なるほど』
 
 あー、あるあるだよなあ。
 自由って表向きは言われるけど、結局敷かれたレールに乗っかってるほうが安全なパターンだ。
 
 ……ま、結局どこの部活にも入らず、帰宅部の流れに乗ってる俺が言えた義理じゃないんだけど。
 ろきぴはなんて答えるかな。
 この時期から受験について真剣に考えてるだけあって、オトナな対応だろうな。
 
『これはね……魅力的な部活があるなら、入ってみるのもありだと思うな』
 
 おお、やっぱりそうきたか。優等生だな。
 
『ろきぴの学校も部活に入らなくてもオッケーなんだけど、とある部活に入ってます。でも、入部をおすすめするのは、ハナちゃんさんの言う内申点のためじゃなくて……楽しいから!』
 
 ろきぴの声が、輝いていた。
 
『クラスじゃ会えない子とおしゃべりしたり、怖そうな先輩も実は優しかったり……そういう交流も部活の醍醐味だと思う。……あ、コミュ障にはキツイって思った?』
 
 ちょうど、コメント欄に「ろきぴコミュ強」「コミュ障なめんな」と流れてきている。
 
『ろきぴはコミュ強じゃないって。初対面の人たちの中に放り込まれたら、つついたプリンみたいにぷるぷるしてるし』
 
 マジか。たとえが可愛いな。俺もろきぴプリンをつつきたい。
 
『でもね、ろきぴはこう思うようにしてる。どんな部活に入ったとしても、全然興味のないものには入らないでしょ? だから、その部に入った時点でみんな仲間なんだよ。何も知らない人同士だと、話すことがなくて固まっちゃうけど、サッカーならサッカーの話。吹奏楽なら音楽の話。おっきな共通点が用意されてる。だから、なーんにも知らない人同士じゃないって……そう思うよ』
 
 ……途中から、ぽかんと口を開けて聞いていた。
 
 なんつう発想の転換。
 初対面だけど初対面じゃない。
 どこまで前向きなんだ、ろきぴ。
 
「……やっぱりすげえよ、ろきぴは」

 入部は強制じゃないと言われたからって、ふらふら中2まできた俺とは大違いだ。
 
「ろきぴ、何部に入ってるんだろうな」
 
 プライベートを全部明かさないのは、トラブル防止のための鉄則だ。
 ろきぴはそこをちゃんとわきまえてるから、詳しくは話さない。
 でも、こんなに真面目でお茶目で、とっても良い子のろきぴが楽しめている部活って何部なんだろう。
 
 チームワークが大事な運動部?
 それとも、個々のスタンスを大切にする文化部?
 困った時に相談しあえる仲間がいれば、どんな部活も楽しめるってことかな。
 そう、たとえば……。

 そこで俺が思い浮かべたのは、ビブリオ倶楽部のメンバーだった。
 
 本多部長がおかしなポーズを決めている。
 やれやれとため息をつく寒川副部長。
 けらけら笑い飛ばす乃部に、我関せずに読書を続ける今路。
 マイペースなやつらだけど、本のことなら全力投球。クールに見えて情熱的だ。

「……あ」
 
 俺はそこで気づいた。
 そうか。ろきぴの推し本。
 あれによく似ているんだ。
 てんでばらばらなメンバーが、ひとつの目標に向けて結束して、頑張り抜く。
 ろきぴの部活も、ビブリオ倶楽部みたいに賑やかな部活なのかな。
 そうだとしたら、なんだか嬉しい。
 
 本当の顔も名前も知らない、俺の推し。
 だけど、VTuberを卒業してからも、どこかで楽しく過ごせていたらいいと思う。
 自分の生活には直接関係ないけれど、それでも幸せを祈れるって、とっても幸せなことなんじゃないだろうか。

 ろきぴがVTuberを卒業してしまう。
 それはもう、変えられない未来だ。
 なら、ろきぴが大好きと言ってくれたこの場所を、幸せな思い出にしてあげたい。
 期限は残り1週間。
 その間に、俺ができることは――なんだろう?