ビブリオ俱楽部におまかせ!

「そ、れ、で、だ。紙谷くんの朝読書は何になりそうかな?」
「……あ」
 
 そうだった。元はと言えば、朝読書の本を探しに来たんだ。
 改めて、机に広げられた数々の本を見渡す。
 
 本多部長の推し本、『スイーツ探偵バニラ』。
 乃部の推し本、『忍者.net』に『サムライカフェでカンパイ』。
 今路が持ってきてくれた写真集にお菓子のレシピ本の山。
 そして、寒川副部長が紹介してくれた、ろきぴ推し本の作者が書いた作品たち。
 
 正直、どれも気になる。
 気になる……けども!
 
「これにします」
 
『スイーツ探偵バニラ』。
 
 それを見て、本多部長はきらきらと目を輝かせた。
 本当に目の中に星があるみたいに。
 
「そうか! 読んでくれるのかー!」
 
 本多部長が両手を高く上げる。
 バンザイでもするのかと思いきや、そのままむぎゅっと抱きついてきた。
 
「おわっ! な、なんですか、どーしたんですかっ」
「えーっと、感謝。ありがとう。嬉しい、あとは……感激?」
「なんで最後が疑問形なんですか。俺がスイーツ探偵バニラ読むのって、そんなに嬉しいんですか?」
「そりゃそうに決まってる!」
 
 ばっ、と顔を上げた本多部長は、これまでにないほど真剣な顔をしていた。
 
「あのな、紙谷くん。どんなに素晴らしい本でも、読まれなきゃだめなんだ。本は勝手に自分のページをめくれない。忘れられたらそこで本の時間は終わってしまう」
「本の時間……って、そりゃ物語が終われば、その本はそれで終わりでしょう?」
 
 本多部長の言っていることがいまいちピンと来ない。
 
「それなら物語を持たない写真集やレシピ本はどうする? 中に詰まった知識や美しさは、誰かに伝わらなきゃ意味が無い。本は読まれてこそなんだ」
「……あ」
 
 そうか。あのレシピだって、本に記されているだけじゃ意味がない。
 読んだ人が――たとえば俺が、あれを見ながら作ったり、誰かと共有したりすることで伝わっていく。
 
「世界にはたーくさん本がある。それなのにここの本だって、俺はまだ全部読破してない」
 
 本多部長が両腕をうんと伸ばす。
 小さな市の、小さな中学校の図書室。
 それでも見渡す限りの本棚には、本がぎっしり詰まっている。
 何冊あるのかはわからない。
 それでも俺たちは、卒業するまでに読み切ることなどできないだろう。
 
「今、この瞬間にも本は生まれてる。ほとんど読まれずに、ずっと閉じられたままの本だってたくさんあるはずだ。だから、俺はこの本を――」
 
 本多部長がスイーツ探偵バニラを手に取る。
 
「この大好きな本の時間を、自分の中だけで留めておきたくはないんだ。わくわくしてほしいし、推しキャラを見つけて欲しい。ああそうだ、紙谷くんがこれを読んでも、俺と同じように推し本にしなくたっていい。ぶっちゃけ、つまんなかったーって思っていいんだ」
「え、いいんですか?」
「もちろん! そりゃ、面と向かってつまんないって言われたらちょっと悲しいけど、まあ感想は人それぞれさ」
 
 本多部長は、ゆっくりと表紙を撫でる。その手つきは本当に優しくて、壊れ物を扱うみたいだ。
 
「俺は、この物語が俺から紙谷くんへ、そしてまた違う誰かへと、ぴょんぴょん跳んで渡っていってほしい。そうしたら、本はずっと生き続ける。俺がそれを見届けることはできなくても――スイーツ探偵バニラの物語は、繋がっていくんだ」

 くしゃりと笑った本多部長の横顔が、泣きそうに見えた。
 いつものキメ顔で見せる笑顔とは少し違った、どこか苦しそうな、切なそうな――でも、優しげな表情。
 それは茶化しちゃいけない笑顔に見えた。
 
「……部長」
「っはは、なーんてなっ!」
 
 ころりと本多部長は照れくさそうに笑ってみせた。
 両手の手のひらをひらひらと揺らして、赤ん坊でもあやすようにおどけてみせる。
 
「どうだ? ちょっとセンチメンタルな俺も、なかなかエモかっこいいだろう」
「自分でそう言わなきゃいいのに……」
 
 やれやれと寒川副部長がため息をついた。
 
「なにぃ!? 俺がカッコイイことは、りんごが赤いのと同じくらい純然たる事実なんだから、言うしかないだろ~!」
「部長……世の中には青いリンゴも、存在……する」
「うんうん、青リンゴ味のお菓子、美味しいよねぇ」
「混ぜっかえすなお前ら!」
 
 どっちがボケかツッコミかわからなくなるやりとりも、もうおなじみだ。
 ははは、と乾いた笑いで見守っていると、静かに隣にやってきたのは寒川副部長だ。