ビブリオ俱楽部におまかせ!

「しまった、忘れてた!」
 
 週明けの俺は、ちょっとしたピンチに見舞われていた。
 何を忘れてたかというと、朝読書である。
 
 俺の学校では1時間目が始まる前の10分間、朝読書タイムがある。
 ジャンルの縛りはない。物語だろうがエッセイだろうがオールオッケーだ。
 感想文を求められることもないので気楽だし、ぶっちゃけ読んでるフリだって構わない。
 ただ、何かしらの本を持ってこないとアウトなのだ。
 昨日までは教室にあった学級文庫を適当に読んでいたけど、読み終わってしまった。
 ぶっちゃけ、あれをまた最初から読む気はない。
 内容がわかりきってる読書なんて、寝るのがわかりきってる。
 1時間目から睡眠学習なんてやらかして、先生に目をつけられるのはゴメンだ。
 
「とりあえず、今日はこのろきぴ本でやり過ごすとして……」
 
 どうやら、また図書室に行く理由ができたみたいだ。

 
「ほっほーう、朝読書かあ」
 
 いつもの通り、カウンターの奥でティーカップを傾けながら、本多部長は訳ありげに頷いた。
 
 ……っていうか、そもそもなんで図書室にこんなもの持ち込んでるんだ?
 
 じとーっと俺がケーキスタンドを見ていることに気づいたらしい。
 
「そろそろ紙谷くんにも教えるべきかもしれないな……俺がティータイムをこよなく愛する理由をっ」
「あの、なんかの片棒かつがせるつもりだったら全力で遠慮するんで。校則に触れるようなことはしない主義です」
 
 背景に薔薇を散らせる勢いで語りだしそうだったので、ばっと両手を突き出して先に制した。
 背景に薔薇って昔の少女漫画か。目がすっげーキラキラしてるやつ。
 
「ぬぬん! ノリが悪いぞー新入部員〜」
「まだ入部届けも出してないのに、何言ってるんですか……」
「大丈夫だよぉ、文くん。司部長、スイーツ探偵に憧れてるだけだから」
「えっ?」
 
 会話に入ってきたのは乃部だった。俺がぽかんとしているうちに、本棚の間に入ると一冊の本を持って帰ってくる。
 
「ほーら、これこれ」
 
 手渡された本を見る。
 
「『スイーツ探偵バニラ。難事件はカカオの香り』……」
 
 表紙には、主人公が机の両脇にケーキスタンドを携えて、ティータイムを楽しんでいる。
 
 ははあ、なるほど。
 本多部長はこれを真似しているわけか。
 
「ロマン〜! そうあっさりバラすんじゃないよ。なんかこう……謎めいた感じを演出していたかったのにさ」
「あはは、ソーリー」
 
 そう笑うと乃部は読書に戻った。もう一度表紙を見て、裏表紙に書いてあるあらすじを読む。
 スイーツを何よりも愛するバニラ探偵が、ふりかかる難事件をスイーツの知識で解決していく話のようだ。
 コメディテイストで面白そうだ。
 
「……あの、これ借りていいですか。朝読書で読んでみようかと」
「なにっ」
 
 そこで本多部長が目をカッと見開いた。
 さっきの少女漫画風なキラキラじゃなくて、バトル漫画みたいに目の奥に炎がメラメラ燃えている。
 
「紙谷くんっ!」
 
 カウンターから乗り出した本多部長に、肩をがしりと掴まれる。
 
「うわっ、なんですか! この本、借りちゃだめなやつですか、禁書ですか!」
「そんな本が学校の図書室にあるわけないだろっ! 厨二病かね紙谷くん」
「確かに俺は中二真っ盛りですけど、そっちじゃなーい!」
「……図書室では静かに」
 
 エヘン、と大袈裟な咳払いをしたのは、ドアを開けて入ってきた寒川副部長だった。
 
「すみませんっ」
 
 慌てて頭を下げたせいで、俺に全体重をかけていた本多部長がカウンターから墜落した。よく考えたらこの人が、1番うるさい。
 
「紙谷くん。司は自分の推し本に興味を持ってもらえて、嬉しいだけなんだ。ちょっとテンションが上がりすぎて、語彙力が失われているだけ。怖がらずに一定の距離を取って接してくれ」
「おい、俺は珍獣か」
「真実を言ったまでだが?」
 
 墜落した本多部長と、それを見下ろす寒川副部長が視線を戦わせている。
 このバトル、圧倒的に本多部長が不利だろ。体勢的にも。
 ふたりのバトルの行方はともかく、さっきの寒川副部長の言葉には何か引っかかるものがあった。
 
 ええと……。
 推し本に興味を……?
 
「そうだ、ろきぴだ」
 
 はっと反射的に声に出してしまっていたらしい。
 
「おー? なんだなんだ、またろきぴか?」
「そういえば、感想文は書けたのか」
 
 よっこいしょ、と体勢を立て直して床にあぐらをかいた本多部長だったが、その首根っこを掴んだ寒川副部長が、「床に座るな」とソファに引きずっていった。
 このふたり、猫と飼い主みたいだな。
 
「あ、はい。おかげさまで」
 
 そうだ。もともとそのお礼を言うために、図書室に来たんだった。
 
「ちゃんと自分の納得いくものが書けました。いろいろ手伝ってくれて、ありがとうございます」
 
 ぺこりと頭を下げる。
 ちらちらと首を伸ばして様子を見ていた乃部にも、また顔を隠していた今路にも、ありがとな、と言うと照れくさそうな笑いが返ってきた。
 お礼を言うのってちょっぴり照れくさいけど、言ったあとはなんだかすっきりする。
 お風呂に入るのって最初はめんどくさいけど、入ったあとはさっぱりする気持ちと、ちょっと似ているのかもしれない。