世界で一番、透明な私へ。 〜二色の花が咲く場所〜

エピローグ


 春の柔らかな陽射しが、笹葉学園の校庭を優しく照らしている。
桜の木々が淡いピンクの花を咲かせ、風に揺れるたび、花びらがゆっくりと舞い落ちる。空気はまだ少し冷たいけれど、どこか甘い春の香りが混じっていた。
 私は中学三年生になり、美術部ではすっかり中心的な存在になっていた。
後輩たちもできたし慕ってくれている。友人もできた。
「明梨ちゃん、今日もアトリエ?」
「うん。アトリエの日増やしたんだ〜。楽しくて」
「そうなんだ。それって彼氏がいるから?」
「えっ……い、いや違う。いや、違ってない……かも」
 友人に彼のことを言われるととても体が熱っていく。
「あら、惚気発動? いいなぁ〜……あ、外で待ってるんじゃない?」
「え! 本当だ。じゃあ、またね」
 私は教室から出ると、待っているだろう校門へ走る。
「そ、蒼太くんっ!」
「明梨。早かったね……って、走ってきたの?」
「うん。だって、教室から見えて……それに早く会いたかったの!それに蒼太くんは日に日にかっこよくなるから……」
 蒼太くんは中学は卒業して今は高校生。背も伸びて高いし、整っている顔立ちはとてもおモテになるのだ。彼女の私は気が気じゃない。今だって、女子生徒がキャキャ言っているしみんな「イケメンだ」って話し声が聞こえてくる。
「いや、明梨だって可愛いからおモテになってるだろ? あっちこちから見られてる。俺は気が気じゃないよ。気を抜いたらどっか掻っ攫っていかれちゃうんじゃないかって思ってるんだから」
「えーいやいや、大丈夫だよ。光梨じゃないんだから〜」
「明梨は無自覚がすぎる。立ち話もなんだし、行こうか」
 蒼太くんに手を差し出されて私はその手を握り返した。手を繋いで私と蒼太くんはアトリエに向かった。
 
 あれからもアトリエにも一緒に引き続き通い続けている。先生からは「明梨さんの青は、年々深みを増しているね。感情の層が本当に豊かになった」と褒められるようになった。
 
あの頃、ドアの前で足がすくんでいた私が、今ではキャンバスの前に堂々と立てる。描くたびに、自分の色を信じられるようになった実感が、静かに胸を満たす。
 私は少し照れながら、隣の彼を見た。蒼太くんは美大に行くための受験勉強をしながら実技試験の準備をしながらここに通っている。
 こんな毎日がとても楽しい——そんな甘く、優しい時間が流れている。
 
もう、劣等感はどこにもない。
私は太陽を羨ましがることは無くなった。しっかりと自分の色を持った、一人の人間としてここにいる。

 私は心の中で静かに呟いた。
私の色は、ちゃんとここにあって、これからも広がっていく。
青い空の下で、二色の花は、静かに、けれど確かに、咲き続けている。

 太陽の光梨と月の明梨。そして、蒼太くんという新しい色が加わって——これからの物語は、きっともっと鮮やかになる。
 春の風が、優しく私の頰を撫でた。
新しい季節が、静かに始まろうとしていた。
 

                                               【完】