正しくない恋のはじまり


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「藤井、ちょっといいか」


翌朝、挨拶もしないまますぐに部長に呼ばれて部長室に入る。
ドアが閉まる音が、やけに重く感じた。

ずっと避けてきた、部長との二人の空間。


「今回の件なんだが」

机の上にどさっと資料が置かれた。

見覚えのある数値。
昨日の会議で、気になっていたあの部分。

「これは、このまま進める」

短く、でも確実に言い切られた。


「……ですが、この差分は───」

言いかけたところで、「いい」と遮るように止められる。

声は強くない。
でも、それ以上続けられない空気だった。

「三浦の判断だ」

一瞬、言葉が詰まる。

「お前も会議に出てたんだから、分かるだろう」

“分かるだろう”。
その言い方に、逃げ場がなくなる。


「……はい」

小さくうなずいてそう答えるしかない。
部長は椅子に背を預けたまま、こちらを見る。その視線は、恐怖を覚えるくらい冷めていた。

「変に止めるな」

さっきの、青砥さんとは違う種類の淡々とした声。

「このプロジェクトは、もう動いている」

金縛りみたいになっていた部長の視線が外される。
やっと、息が吸えた。