正しくない恋のはじまり

青砥さんは少しだけ考えるように息をついた。

「まあ、無理してどちらかに合わせる必要はないです」

予想の斜め上をいく返答に、私は息を止める。
彼はいったい、どんな考え方をしているの。

「藤井さんの中に違和感があるなら、そのままにしておけばいい」

淡々としているのに、なぜかその言葉だけがやけに残る。
押しつけるでもなく、否定するでもなく。

───判断するのは、私。
そういう言い方だった。

「そのうち、はっきりしますから」

ただ、そこにそっと置かれた言葉。
私はそれを、受け止めるしかない。


青砥さんはこの話はもう終わり、とばかりにペンをポケットにしまった。

「僕は三浦さんを信用していません。それだけです」

この最後の言葉が、むしろ威力が強かった。
そんなの知らないみたいに、彼は軽く会釈する。

「では、お疲れ様でした」

「……お疲れ様です」

青砥さんは先に部屋を出ていった。
扉が音を立てて閉まる。

資料室に、無機質な静けさが戻ってきた。


私はしばらく、その場に立ったままだった。

───“違和感があるなら、そのままでいい”。
頭の中で、その言葉が繰り返される。

正しいのかどうか分からない。
でも、三浦さんに言われた時よりも、少しだけ息がしやすくなった気がした。