正しくない恋のはじまり

なにかを見透かされていることだけは理解できて、慌てて視線を落とす。

資料に目を戻したけれど、内容が入ってこない。
絶対になんの問題もないはずのその資料が、揺れる。
さっきから同じ行を何度もなぞっていることに気づいてしまい、ぎゅっと目をつぶった。


集中できていない。
────ありえない。


「この数値、前回より上振れている理由は?」

役員の声が落ちて、はっと目を覚ましたように現実へ引き戻された。


担当者がすぐに説明を始める。

取得予定地の買収交渉が想定より前倒しで進んでいること。
テナント誘致の反応が、当初見込みより良いこと。
すべて、事前に共有されている内容。

問題は、ない。
……そのはずだった。

まだ、どこからか視線を感じる。

見なくても分かるのに、どうしても確かめてしまう。
顔を上げると、また目が合った。

逃げてばかりもいられないので、今度は私も逸らさなかった。
彼はなにも言わない。
ただ、こちらを見ている。

ほんの少しだけ目を細めて、笑っているようにも見えるのに、そこに温度はない。


逃げ場がない。
───この人、怖い。