正しくない恋のはじまり

説明が一段落したところで、私は口を開いた。

「……すみません」

一瞬、空気が止まる。

「この数値、前回の資料と差分が出てると思うんですけど」

全員の視線が、こちらに向く。
その揃い方に指先が少しだけ強張るのを感じながら、言い出したものは引っ込められない、と続ける。

「このまま進めると、後工程で調整が必要になると思います」

怖いほどの、静かな沈黙。
誰も何も言わない。

…どうして、みんなこれを放っておくの。


その中で───
コツ、と小さな音がした。

三浦さんが、指先で資料を軽く叩いた音だった。彼女は綺麗にリップが塗られた口を、きゅっと両端とも上げる。
丁寧な、作り笑い。

それから、ゆっくりと顔を上げた。

「…あなた、いいところに気づくのね」

さっき会議室に入ってきた時と同じ、柔らかい声。でもどこか、安心できない温度。

視線が、まっすぐこちらに向く。
否定はされていない。むしろ、褒められている。
……それなのに。

なぜか、次の言葉を待つのが怖い。