正しくない恋のはじまり

思わず視線を向けてしまった。
……綺麗、なのはもちろんだけど。

どこか、隙がない。


女性は何も言わず、前を向いたまま階数表示を見上げている。
背筋がまっすぐで、すべてに迷いがない。

同じ空間にいるだけなのに、なぜかちょっと居心地が悪い。
私はそっと視線を外した。


エレベーターが一階ずつ上昇していく。
静かなはずなのに、やけに音が遠い。そして、いつもよりエレベーターが遅く感じる。そんなわけはないのに。

チン、と軽い音が鳴って、扉が開く。
女性はヒールを鳴らしながら先に降りた。緩く巻かれた長い髪が揺れていた。

迷いのない足取りで、そのまま廊下の奥へ消えていく。
その背中を、無意識に目で追っていた。

扉が、ゆっくりと閉まる。
空気がふっと軽くなった気がした。


───なんだろう…あの人。

理由は分からないのに、胸の奥に小さな違和感が残る。
私は一度だけ息を吐いて、次に止まった階でエレベーターを降りた。