正しくない恋のはじまり

沈黙が落ちる。
誰もいないオフィス。
エアコンの音だけが、やけに大きい。


視線が意味もなく合った。
なにを考えているのかよく分からないその目に、吸い込まれそうになる。

───どうしてこの人はこんなに、気を張ってるんだろう。
気づいたら、口が動いていた。


「……青砥さんって」

言わなくてもいいのに、もう止まれなかった。

「いつも気が抜けない感じ、しますよね」


自身のノートパソコンを閉じようとしていた青砥さんの手が止まるのが見えた。
ほんの一瞬だけ。でも、そのまま何事もなかったようにパソコンは閉じられた。

「…そう見えます?」

彼にしては珍しく、返事がわずかに遅れる。

「はい」

自分でもなんでこんなことを言ったのか、分からないまま続ける。

「ちゃんと休めてますか?」


世間話のつもりで聞いた問いかけなのに、青砥さんは意識的に私から視線を逸らしていた。

「……一応は」

短い答え。踏み込むな、とでもいうように。
でも、さっきまでと、声の温度が違う。

「無理、しないでくださいね」

言ったあとで、やっと気づく。


───これ、仕事の会話じゃない。

プライベートな部分に踏み込んでしまった自分の無神経と鈍さの先に、今のこの空気。
そう思うと申し訳なくなってしまった。