正しくない恋のはじまり


飲み終えたカップを、そっと置く。

「……私は」

小さく、声が落ちる。
自分でも、言うつもりはなかったのに。

「そんなに、嫌じゃないよ」

今度こそ、給湯室の空気が止まった。
やばい、と思ったときにはもう完全に手遅れ。

「え?」
「どういうこと?」

笑い混じりの声の中に、なにかを察したような、そんな妙な空気。

「いや、その…」

こちらも無意識に出てしまった言葉だったから、それ以上の説明ができない。

どうして、なんで、こんなことを口走ったのか。
とりあえず言えるのは、言ってしまったことは二度と取り消せないという事実。

なにか言いたげな二人の顔は、もう見れなかった。

「普通に、仕事しやすいってことだよ」

なんとか整えた…つもりだった。
それ以上は、何も言わない。言えない。


だけど、胸の奥に残る感覚だけは消えなかった。

───ちゃんと見てる人。

それが、どういう意味なのか。
自分でも、まだ分かっていない。