正しくない恋のはじまり

青砥さんはそのままデスク越しに、
「昨日の件ですが」と淡々とした口調で続ける。

「ストレスケースの試算、今日中に出せます?」

ちょうどその画面を開いていたので、すぐにうなずいた。

「はい、いま組み直しているところでした」

すると、彼は移動してきて立ったまま、ほんのわずかに身を寄せた。
視線はパソコンの画面を注視している。

距離は、少し離れていた。


「想定の下振れ幅、どの程度で見ていますか?」

「現状は10%で置いてますけど、もう少し広げた方がいいかと」

言いながら、自分でも少し驚く。意外と普通に話せている。
昨日の会議の時みたいに、詰まらない。

彼が画面を見たまま、ちょっとだけ目を細めた。

「…そうですね」

短くうなずいてくれた。

「昨日より、整理されてますね」

ぽつりと落ちたその言葉。

一瞬、言葉の意味を理解するのに時間がかかる。
ただ事実を述べただけのはずなのに、評価されたように聞こえてしまった。

どこか認められた気がする。

「…ありがとうございます」

なんとか返事を返す。
そのとき、ほんのわずかに距離が近づいた気がした。
意識した瞬間に、それはもう“気のせい”では済まなくなる。