正しくない恋のはじまり

やがて駅が見えてきた。
人の流れが増えて、現実に戻される感じがした。

ここで終わるはずだった。
普通なら。私たちのこの温度のないはずの関係なら。

そう思っていたのに、壊したのは青砥さんの方だった。


「……もう遅いですし、家まで送りましょうか?」

思いもよらなかったその自然な声がけに、今度こそ足が止まってしまった。

動揺してしまい、振り返る。

「えっ…」

自分でも分かるくらい、間の抜けた声が出た。

青砥さんは、いつもと同じ顔をしていた。
何も変わっていないように見えるのに。なぜか、どこか、さっきまでと違う。

「だ、大丈夫です」

慌てて首を振る。

「電車に乗ってしまえば、最寄り駅からマンションはすぐそこなので」


ほんの一瞬、沈黙。

それから、青砥さんは小さくうなずいた。

「そうですか。夜道は危ないですから。気をつけてくださいね」


縮んだように思えた距離のあいだには、やっぱりまだ一本、細い線が引かれていた。

それでも、その一歩手前までは、確かに来ていた。



「……じゃあ、お疲れ様でした」


駅に着いて、軽く会釈をして改札の方へ向かった。

背中に視線を感じる気がして、振り返りそうになる。
でも、振り返らない。振り返れない。
振り返ったら、何かが変わる気がしたから。


改札を抜けて、少しだけ歩いてから、私はやっと息を吐いた。


───なんで、あんなこと言ったんだろう。

“送りましょうか?”なんて。
あの人が。あんなこと。
頭の中で、何度も繰り返していた。


そして、気がついた。
さっきの言葉も、視線も。
いつもより、少しだけ近かった。


「……やめよう」

言い聞かせるように、小さくつぶやく。


やめよう。そう、思うのに。
胸の奥だけが、妙に静かにざわついていた。