正しくない恋のはじまり

「…青砥さん、こんな時間までいたんですか?」

思わず、口に出していた。
青砥さんは一瞬だけこちらを見て、

「それを言うなら、藤井さんもでしょう?」

と、真面目に返されてしまった。

いつも通りの言葉なのに、会社の外で話すのが初めてだからかもしれない。なぜか少しだけ距離が近く感じた。

「いや、私は……自社なので」

「僕も、ここには仕事で来ています」

即答だった。正論すぎて、何も言い返せない。
少しだけ沈黙が落ちる。

ヒールの音と、落ち着いた足音が並ぶ。


「……無理に、見ようとしなくていいですよ」

不意に落ちてきた声と、その内容にまた足が止まりそうになってしまった。

「え?」

聞き返すと、青砥さんは前を向いたまま、

「そのままの意味です」

と、それ以上は説明しない。する気がない。


『見ていれば、分かるはずだ。見ればいい。そうすれば、何かつかめる』

部長が言っていた言葉と、真逆のことを言う。この人は。
あんなに昼間は部長にガツンとやられたのに、今は彼の言葉の方が妙に残る。

───見ようとしなくていい?
何を、どこまで?
喉の奥に引っかかる。