正しくない恋のはじまり


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会議を終え、資料を急いで片付けて席を立つ。

小会議室を出ていく中で、どうするべきなのか迷った。
でも、どうしても気にかかる。

「……あの」

少し前を歩く背中に声をかける。
今さっきの会議で一緒にいた経理の女性が振り返った。
私と同じくらいの歳のひと。

「はい?」

「そのブレスレット…」

言いながら、自分でも変なことを聞いていると思う。
だけど、止められなかった。

「どこのブランドのものですか?」

まさかそんなことを聞かれると想像していなかったのだろう。彼女は一瞬、きょとんとした顔。

それから、自身の手首を見下ろして、

「あ、これですか?」

と手首を軽く上げた。

「AHKAHのやつです」

隠すこともなく、あっさりした答え。

「細くて可愛いですよね」

にこっと笑ってくれた。

意気込んで聞いたのに、拍子抜けしてしまった。どこかに安堵の気持ちも混ざる。

普通だ。どこもおかしいところなんてない。

「…そうでしたか。可愛いですね」

私も、なんとか笑う。

「今度見てみます。ありがとうございます」

それだけ言って、会釈した彼女を見送った。
緩くひとつに結んだ髪の毛がふわりと香る。柑橘系の、きつくない爽やかな匂い。

───違う。

たぶん、あまりにも、ただ似てただけ。

考えすぎだ。こんなに近くにいるなんて、ありえない。
そう、思おうとする。