正しくない恋のはじまり

自分でも分かる。
正しいけど、絶対じゃない。けれど、このまま彼のペースに巻き込まれては、これから先はずっと黄色信号のままだ。

「“見込まれている”だけ、ですよね」

青砥さんが、静かに返してきた。
一瞬、言葉が止まってしまった。そこに、当たり前のようにするりとつけ込まれる。

「その場合、下振れ時のストレスシナリオはどこまで織り込んでいますか?」

逃げ道を、塞がれる。

「……保有期間の延長で対応予定です」

「延長した場合の借入条件は?維持できますか?」

返しても返しても、間髪入れずに即座に返される。
息が詰まりそうだった。それでも、食らいつくしかない。

「……LTVの再調整で吸収可能と見ています」

と、なんとか繋ぐ。
青砥さんは、ほんのわずかに目を細めた。

「なるほど。そうですか」

もう無理だ、そう思う前に、これ以上は踏み込んでこない。ただ、絶対に完全には引かない。引いたと見せて、まだ提示してくる。

「では、その前提を裏付ける資料も併せて提示いただけますか?」

「……はい。あとでデータを出します」

「お願いします」

崩すことのできない、大きな壁にも思える。
うなずいたものの、パソコンから該当のデータを引き出している中で感情が落ち着かなかった。



会議は、そのまま進んでいった。
数字と、前提と、リスク。
整然と、正しく。


───そのはずなのに。

ふと視界の端に、華奢な手が入る。
ボールペンを持つ指。細くて、整っている。
その手首に。

…細い、ゴールドのブレスレット。

一瞬、呼吸が止まる。
似てる。
完全に同じじゃない。

でも、記憶の中の“それ”と、重なってしまった。

私はすぐに視線を落とした。
何も見ていないふりをする。


会議は、何事もなく続いていく。
でも頭のどこかだけが、別のことを考えていた。