正しくない恋のはじまり

沈黙が続く。
その沈黙の中で、頭の中では別の問いだけが何度も浮かぶ。

…この人は、何を知ってるんだろう。

ふと視線が合いそうになると、青砥さんはわずかに視線を逸らした。
気づいているのだと思う。私が落ち着いていないことも、何かを考えていることも。

それなのに、何も聞かない。


視線が、勝手に動く。
隣を歩く横顔。ネクタイの緩み、歩幅。ポケットに入れた手。
ますます、分からない。


「すみません」

彼は、私を見ることなく少し歩調を早めた。

「僕はちょっと喫煙所に行きます。では、また」

それだけ言い残して、私から距離を取った。


呼び止めようとして、喉の奥まで出かかった名前を飲み込む。

聞けない。聞いたら、もうこの距離感には戻せない気がした。
だから私も、ただ前を見る。


何もなかったみたいに、 いつも通りの顔を作って。