───違う。これじゃない。
でもこの距離は、いつかの時に似ている。思考を逸らしているうちに、
「藤井」
と、私の名前を呼ぶ静かな声。
思っていたよりも、だいぶ近く、上から振ってきた。
「資料は、ちゃんと見てるんだろ?」
その問いかけは、どこにも逃げ道はないものだった。
なんと答えるのが正解なのか分からないまま、その場しのぎでうなずく。
「……はい」
「じゃあ、数字以外のところも見ておいた方がいい」
柔らかい言い方なのに、その内側は違うことを私は知っている。
だって部長は、先日も私に同じことを言ってきたからだ。
「机の上に出てるものなんて、意外と無防備なもんだ。……意味は、分かるな?」
ぞわっと、背中に寒気が走る。
それって───
考えているうちに、気づけば部長はいつの間にか少しだけ身を屈めて私のすぐ横にいた。
「会議の外で、やつは何をしている?そういうところに、本質が出るはずだ」
距離が縮まったことで、身体が強張る。
「見ていれば、分かるはずだ。見ればいい。そうすれば、何かつかめる」
どこか甘く響く、低い声。
状況は違うのに、頭の奥であの光景がよぎる。
非常階段。踊り場。壁際。
無機質なコンクリートの景色に不自然な、重なった影。
逃げ場のない距離。
重なった、影。
───気持ち悪い。



