正しくない恋のはじまり

「……なるほど」

青砥さんは、ほんのわずかにうなずいた。
そのひとつの動作だけで、場の主導権が完全に移る。

「では、賃料は強気、費用は後ろ倒し。そういうことですね?」

細い針で、静かに刺してくるような言い方だった。
ふと息をついて椅子にもたれる。

「…かなり綺麗に整ってますね」

普通なら、褒め言葉のはずなのに。
それが、完全に否定に聞こえる。

“整っている”という言葉がこんなにも不自然に聞こえることがあるんだと、初めて知る。
私は、手元の資料に視線を落としたまま、動けなかった。


数字は変わっていない。
昨日と同じ並び。
同じ前提。

それなのに、もう、同じものには見えない。


目の前にいる青砥佑正という男。

この人は、“整える”んじゃない。
“剥がしてる”。

数字の表面じゃない。
その下にある前提ごと。
見えないようにされていたものを、一枚ずつ、丁寧に。
逃げ道を残したまま。

でも、確実に。


戻れないところまで、剥がしていく。