正しくない恋のはじまり

「……分かりました」

気づけば、そう答えていた。

部長はこちらを一瞥すると、すぐに書類へ視線を戻した。


もうこちらを見ることはない。
ゆっくりと立ち上がり、ドアノブに手をかけた。

「藤井」

呼び止められて、振り返る。

「やつに、深入りするなよ」

たった一言だけ。それだけなのに。


外に出た瞬間、空気が戻る。
さっきまでの静けさが嘘みたいに、 音が一気に流れ込んできた。

息苦しい部屋から抜け出したのに、息が吸えない。
通路の途中で、足が止まる。


彼を見て、本音を引き出して、見つけろって。
───それって。
言葉にする前に、思考を止めた。


言葉にすると、意味がはっきりしすぎる。

目を閉じる。
これはもう、ただの仕事じゃない。


……私、なにをやることになったの?

分かっている。
分かっているのに、言葉にしたくない。
ただ一つ、はっきりしていることがあった。
もう、彼に関わらないでいることはできない。