正しくない恋のはじまり

部長が放った言葉の意味を理解するまで、数秒かかった。
理解なんて、したくなかったのに。

「近すぎず、遠すぎず、だ」

淡々と続く。

「見ていれば分かることもある」

視線が、またこちらに向けられた。
逃げ場を探しても探しても、見つからない。迷路みたいに、思考が空回りする。

「数字の扱い方でもいい。癖が出るからな」

唐突に、言葉が足される。
その一言で、背中に冷たいものが走る。

「どこを削るか、どこを残すか。人間は、そこに本音も紛れ込む」

指先で資料をなぞりながら、そっと部長が言う。


……それを、見ろと?

「会議の外でも構わない」

さっきから一言も返せていない私のことなんて、部長は見ていない。
目が合っているけれど、たぶん私を見てはいない。向いているのは、どこか、違うところ。


言い方は穏やかだった。でも、その中身は全く穏やかではない。

「雑談でいいし、確認でもいい。引き出せるものがあれば、それでいい。たまたま見つけてしまった、そういうこともあるかもしれない」