正しくない恋のはじまり

役員報告会の資料を開く。
昨日の夜、確認したものだ。

東都アセットマネジメントが進める城南エリア再開発計画。
用地取得費、建設コスト、想定賃料、回収年数。
各部から上がってきた数字を揃えて、体裁を整えて、役員の意向に沿うように“言い回し”を調整した。

事実は変えていない。
ただ、見せ方を整えているだけ。

───それが、仕事。


マウスを動かしながら、一瞬だけ手が止まる。
…“整える”って、どこまでのことを言うんだろう。

軽く頭を振って、視線を画面に戻した。

考えない。
考える必要はない。考えちゃだめだ。


「藤井さん、これって数値このままでいいんでしたっけ?」

別の声が飛んでくる。すぐに確認し、うなずいた。

「うん、それで大丈夫。昨日、部長に確認済みだから」

その答えに迷いはない。

いつも通りに見えているはず。
そう、私はずっとこうやってきた。

求められる形に整える。
余計なことは言わない。
見えているもの以上は、見ないふりをする。

───それで、問題なかったはずなのに。


ふと、スケジュールの一行に目が止まる。
“午後五時、外部コンサル打ち合わせ”その下に記載された名前。

……青砥 佑正(あおと ゆうせい)。


視線が、そこから動かない。
昨日、あんな言葉を投げてきた人間がそこに“いる”。

「……この人、なんで」

心臓が、わずかに遅れて強く鳴る。
どうして、ここにいるの。