正しくない恋のはじまり

分かっているのに、聞き返す。
彼は、わずかに首を傾けた。こちらを測るような目をして。

「さっきの会議の話です」

逃げ場をなくす、彼の短いひと言。
でも、追い詰めてもこない。

言葉が出ない。

出したら、何かが崩れる気がした。
彼はそれ以上は追わなかった。


「まあ、いいですが」
と、あっさりと引く。

その距離の取り方が、一番困る。

「この資料」

軽く画面を指でトントン、と叩いた。

「今の形だと、揃いすぎています」

それは、綺麗すぎる、という意味だった。

淡々とした声。
評価でも否定でもない。ただ、事実だけを置く言い方。
いつもの温度。


「無理に合わせる必要はないですよ」

ひときわ小さく、低く落ちる、その一言。
囁きみたいに、耳元で。

「……」

返事ができない。
彼はそれを待たなかった。

「では、僕はこれで。失礼します」


それだけ言って、離れていく。

距離が戻る。
さっきよりも遠いはずなのに。なぜか、さっきより近く感じた。


画面に視線を戻す。数字は、変わっていない。
それでも。
もう、同じようには見えなかった。

見えないふりも、できなかった。