正しくない恋のはじまり

「橋本さん」

不意に名前を呼ばれる。

黒い壁…青砥がこちらを見ていた。

「共有いただいた資料、確認しました。ありがとうございます」

……いや、今それ?


「いえ……」と、やっと声が出る。

「一点、補足がありますので、後ほどお送りします。明日にでもご確認いただければ」


業務連絡だった。
完璧なまでの。


やつはそれだけ言うと、視線を外す。

俺の存在ごと、処理されたみたいに。


カタカタと無機質なキーボードの音が響く。


……帰れねぇ。

いや、帰れるけど。
帰れるけどさ。


───なんで俺だけ、終業してないみたいな気分なんだよ。