正しくない恋のはじまり

「……それ、ずるいです」

思わずこぼすと、青砥さんが小さく笑う。

「分かってます。僕はずっと、あなたに対してずるいです」

ほんのわずかに、彼の表情が崩れる。

困ったように。柔らかい。
そんな顔をするんだ、と思った。


「全部を、あなたに背負わせたくない。……だから、巻き込みます」

彼はもう、私の気持ちなんてずっと知っていたんだと思う。
どう答えるかも、たぶん想定している。

それでも───

「……いいです」

迷いはなかった。

「選んでください」

一歩、こちらから距離を詰めた。

ほぼ同時に、青砥さんの手が伸びてきた。
触れる直前で、止まる。

癖のように、選ばせるみたいに。

私は、引かない。
今だけは、ちゃんと彼に選んでほしかった。


指先がためらいがちにそっと私の手に触れた。

そのまま、ゆっくりと絡む。
確かめるみたいに。

「……これで、いいですか?」

「はい」

返事をしたら、少しだけ強く握られた。
離さない、みたいに。

距離がさらに近づいて、呼吸が重なる。

「…僕のこと、嫌いになってませんか」

こんな時に、まだこの人は理性を優先しようとする。
本当にずるい人だと思った。

でも、止めない。

「嫌いだったら、こうしてここにいません」

今度は私の方が即答だった。

青砥さんの視線が、わずかに揺れる。
それから───絡んでいた手が、明確にしっかりと力強くなった。

「……そうですか」

と、ほんの一瞬だけ笑った。

今までで初めての、ちゃんとした笑みだった。

そのまま、引き寄せられる。


唇が、やさしく触れた。
確認のような、短いキスだった。

でも、それで十分だった。

離れても、距離は戻らない。

繋いだ手だけが、そのまま残った。