正しくない恋のはじまり

沈黙。

ほんの数秒なのに、やけに長い。

青砥さんは一度だけ視線を落とし、それから戻した。

「……はい」


その返事に、胸の奥が静かに、でも確実に軋む。

分かっていたはずなのに。
確かめた瞬間、足元がおぼつかない。

言葉がうまく繋がらないまま、それでも止めない。

「じゃあ…私に近づいたのも、そうなるように、ですか」

空気が止まる。
否定も肯定もないまま、ただ見られる。

その沈黙に押されるように、言ってしまう。

「……利用されたってことですよね」

ほんの一瞬、青砥さんの表情が揺れた。

「違います」

短く、はっきりと。

その一言で終わらせたくなくて、踏み込む。

「どこが、ですか?全部知ってたんですよね?不正も、構造も。……私が、動くことも」

言葉が止まらない。責めたくないのに、責めてるように聞こえてしまう。

青砥さんは逃げない。

「全部、知っていました」

まっすぐに返される。


「僕は外部コンサルではありません。親会社の監査室から来ました」


予感はしていたものの、本当の彼の正体を知った瞬間。
すべての言動の辻褄が合ってしまう。


監査員の立場だからこそ知っている、“正しさ”。
そしてその“正しさへのこだわり”。