正しくない恋のはじまり


しばらく動けないままでいると、廊下を急ぐ足音がこちらへ近づいてくることに気がついた。

部屋のドアがノックされ、

「……藤井さん?」

という青砥さんの声。

ドアが開いた。

彼は少しだけ息を切らしたまま、中を見渡した。
私を探していたのが分かる目だった。

視線が合った瞬間、反射的に一歩、後ろに下がってしまった。


「…どうかしました?」

彼は、いつもと同じ声。いつもの読めない顔。
でも、その変わらなさが、今はうまく受け止められなかった。

「……青砥さん」

名前を呼ぶだけで、喉が引っかかる。
それでも、目は逸らさない。

「聞いても、いいですか…?」

勇気を振り絞って尋ねると、うなずきだけが返ってきた。
言葉はない。でも、逃げる様子はなかった。

それだけで、少しだけ呼吸が整う。

「……最初から、知ってましたか?今回のことも…、私が見つけたことも」

言葉にするたび、輪郭がはっきりしていく。

「……全部、知ってたんですか?」