正しくない恋のはじまり

三浦さんは何も言わず、こちらを見ていた。

沈黙が続く。
やがて、小さく息を吐いた。

「……真面目だね。“誰かさん”みたい」

皮肉を入れた、少しだけ呆れたような声。
けれど、そのどこか奥に苛立ちも混じっていた。

「じゃあ、もうひとつ聞かせてよ」

声の温度が変わった。
やわらかさを残したまま、芯だけが冷たくなる。

「青砥さんは?」

名前を呼ばれ、胸の奥がざわつく。

「藤井さんさ、あの人のことだいぶ信用してるみたいだけど」

問いではない。断言に近い。

答えない。
答えたくないのか、答えられないのか、自分でも分からなかった。

「彼、どこまで分かってると思う?」

静かに続ける。

「今回のこと。あなたが辿ってきた流れ。───それ、本当にあなたのペースだった?」

一歩、距離を引く。
それでも視線は外さない。

心臓が強く鳴った。さっきから嫌な音を立てている。

「……どういう意味ですか?」

やっとのことで言葉を出す。

三浦さんは、わずかに口元を緩めた。
私の反応を楽しむように、なにかを含んでいる。

「さあ」

軽く肩をすくめる。

「でも、近くにいたら……気づかない?」

さらに一歩詰めて、低い声で囁いてきた。

「最初から全部見えてる人の動き方だよ」

その一言で、何かが繋がりかける。


あのタイミング。
あの言葉。
あの視線。

彼の全部が、偶然じゃないように思えてくる。